テーマ:"あすの日本を考える"(493)
カテゴリ:理屈っぽい時間・・・
砂は、ときどき自分も含めて日本人は贅沢をし過ぎたと思う。 木材なんかは寺社や城、武家屋敷などの建築部材を再利用して民家を建て、 建材としての役目を終えた木材は建具や家具材、小屋材やドブ板に。 そして、さらにこれらの廃材は、最後に食器や箸や焚き木となった。 衣類だって、武家の古着を町民がリフォームして粋に着こなし、 やがて大工の作業着に仕立て直されたり、農家の野良着になったり、 下駄や草履の紐や雑巾にされた。 長屋の便所の排泄物は、集められて農家に肥料として売られ、 出来た作物はまた江戸に流通した。 武士の刀だって、太刀が脇差に、脇差が短刀に、 短刀は鍛冶屋によって釘や鍬になり、再び溶かされて刀や鉄砲にも。 江戸の社会は、徹底したリサイクル社会だったんだ。 江戸時代のはじめ頃は、日本人は滅多に白米なんか食べなかった。 それは農民や町民だけじゃなく、おおかたの武士も僧侶も例外ではなかった。 雑穀の粥などを食べ、一汁一菜を食して、生活全般においても、 質素倹約が日本人の"美徳"でもあったりする。 "詫び寂"の精神文化だって、その根源は何より自然体であることを尊び、 虚飾を廃し、シンプルであることに"美"を求める日本ならではの感性。 砂が幼い頃、我が家の風呂は薪で焚く五右衛門風呂だったし、 冷蔵庫といえば、分厚いスチール製で、中に氷を入れて冷す仕組みの、 金庫みたいな箱だったよ。(笑) 今、それを思うと、戦後の日本人は消費の快楽に溺れ過ぎてしまったと、 ときどき思う。昔みたいに手間を厭わず、"不自由の豊かさ"を少し勉強すれば、 人はもっと心豊かに暮らしを愛しみながら生きられるかも知れない。 今ほどモノのなかった時代。昭和四十年頃、砂は毎日が楽しかった♪ 出来る節約、出来る質素倹約はやろうと思ってる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2011.12.13 01:42:44
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