テーマ:ココロ(1186)
カテゴリ:砂的つぶやき
人は多かれ少なかれ、色んな不安の中に生きているもんだね。 砂みたいな、お気楽者にも少しぐらい不安や「負」の部分はある。 昔から、ずっと自分を好きになれないでいる。 この性分は、大人になっても変わらないどころかむしろ増幅されている。 自分の心の中は、劣等感が大きな割合を占めるんだ。 根本原因は、子供の頃からの劣等感の積み重ねだったと思う。 常に母親からは、近所の子と比較して「お前は駄目だ」といわれ続けた。 いつも、基準が解らない比較だったけどさ。 父親は、ずっと失業していて暇だったからだろうか、 母親がダメ出ししてるシチュエーションに出くわすと積極参加した。(笑) 父親も、母親の言葉を上書きして、いつも「価値のない奴」で締めくくった。 思い出しても、ほぼダメ出しされない日はなかった。 そんな後、しばらく放心状態で思考が働かなかったな。 友達との人間関係も上手く行かないことが多くなった。 人と関われば、比較されるという思いが先走って、 それが怖くて同級生とも幾分か距離を置いた。 中三ぐらいまで、家では毎日オドオドしていたし、ピリピリしてたね。 茶碗を割ったり、何かしくじった時なんか何日も無視されたし、 何日か、食事が食べられなくなったこともよくあった。 劣等感や不安感は、新たな失敗を招く呼び水になる。 そして、自分でさらに比較する材料をつくって自分の首を絞めた。(笑) 当時を振り返っても、あの劣等感はかなりなもので本当に凄まじかった。 たまに、両親が留守の日はホっと一息ついた。 だから砂は、何かあっても家でまもとに相談をしたことがない。 人生の節目になった出来事は、誰にも打ち明けずに凌いだよ。 今も、劣等感は強く心の中にある。 大人になってからも、母は聞こえるようつぶやいたもんだ... 少し前は、もっぱら"○○さん家は内孫が三人いる"とか、 "誰々の奥さんは可愛い"とか、うちの家は途絶えるとか、先祖に申し訳ないとか。 そう嘆くように毒づかれると、返す言葉もない... かくいう母親は、戦犯の子と虐められて育った人だ。 辛い体験をすると、人は二種類の人間に分かれると思う。 一つは、自己防衛から批判ばかりする排他主義になり、 もう一つは、そんな排他主義を憎んで人間嫌いとなる。 そんなこんなで... 人一倍自分自身の駄目さ、弱さ、醜さ、汚さは誰より知ってるし、 語気こそ荒げないが、誰よりも猜疑心が強く、緻密に考えて本心を見せない。 それが、今の野良猫みたいな自分の正体なんだと思う。 それに、"頭ごなし"の物言いや"主観"で物事を決めてかかる奴らが嫌いで、 肩書きや権力には執拗に反発し追い詰める。だから出世しなかったの?(爆) 砂みたいなバカにつける薬はないし、バカは死ななきゃ治らないな。 よくグレなかったもんだと思う。 いや、立派にグレてるか?(笑) さて、今年の花の日は何を贈ろうか...♪ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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