カテゴリ:砂的古典文学のススメ
紀州の古刹道成寺は、文武天皇の勅願によって大宝元年(701)に創建された。
建久年間、道成寺で記された仏教説話集からは、後に古典の傑作が生まれた。 能や、後に歌舞伎のモチーフとなった道成寺縁起だ。 説話集には紀伊国牟婁郡悪女(きいのくにむろぐんあしきおんな)と記され、 後世に物語として知られるようになり、能や歌舞伎の題材ともなった。 建久年間は、西暦で1040~1044年だから、なんと千年近く前の話だ。 「紀之国真砂悪女」は、砂浮琴が紀伊国牟婁郡悪女を脚色した物語なので、 オリジナルの「道成寺縁起」とは少し異なるが創作話と理解して欲しい。 それは、延長六(928)年のこと... 若い美貌(イケメン)の僧侶が、奥州から遥々と紀州まで修行の旅をして、 熊野権現へ詣でる道中に起きた出来事だった。 僧侶は、紀伊国牟婁郡の真砂まで来て、ある館に一夜の宿を求めたことから、 運命が大きく狂いはじめた。 この夜、快く僧侶を泊めたのは、土地の豪族庄司清次の後家(未亡人)だった。 女は旅の僧侶を歓待するが、夜も更けた頃、女は僧侶の休む離れの間に忍んで、 こともあろうか、僧侶に夜伽(よとぎ)を迫るのだった。 僧侶は、驚いて飛び起きた。 「この館に、泊めたそなたとは、きっと前世の縁があってのこと」 「今宵、契りを交わすに、何を憚(はばか)ることがありましょうや!」 そう言い放ち、女は驚く僧侶になおも迫った。 僧侶は当惑しながらも、とにかく女をなだめようとする。 「私は、熊野権現への参拝を願って遙々旅をして参りました」 「ここで戒律の破る訳には参りませぬ!」 僧侶はそう答えたが、女は聞く耳も持たない。 そこで僧侶は、「それでは、熊野詣での帰りに、必ず参りますゆえ」と約束して、 何とかその場は納得させ、館を発つことができた。 女は、僧侶の咄嗟の言葉を信じ、戻るのをしばし待ってはいたが、 僧侶は、一向に女のところへ姿を現さない。 そこで、通りかかった人に尋ねると「若い坊様なら、だいぶ前にお帰りに」と聞き、 女は僧侶に袖にされた事に気づいた。 「さては、すかしにけり!」と、恥をかかされたことを恨みに思い、 怒り心頭に達した女は、髪を振り乱し、履いていた履物さえ脱ぎ捨てて、 脱兎のごとく駆けて僧侶を追いかけた。 その女の姿は余りに異様で、道行く者たちも恐れたじろぐ様相だった。 髪は逆立ち、着物をはだけさせて狂気に駆られて走る女。 次第に、女の体には緑色の鱗が生え、目尻は吊り上がって口はみるみる耳元まで裂け、 口から吐く息は炎となって、とうとう恐ろしい大蛇に姿を変える。 大蛇が追ってくると聞いた僧侶は、あの館の女主人に違いないと思い至り、 通りかかった道成寺に助けを求めた。 僧侶から、事の次第を聞いた道成寺の僧たちはさっそく相談して、 寺の大鐘の中に、若い僧侶を隠し、皆で匿うことにする。 しかし、それが裏目に出てしまったのだ。 僧侶を追い、道成寺へやってきた大蛇は、その大鐘を睨みつけるやいなや、 鐘に胴をぐるり絡め、尾で叩いたうえに大鐘にむかって炎を吹きかけた。 大蛇は、一刻ほどの間、鐘に胴体を巻きけたまま、炎を吐き続けた。 そして、ようやく頭を高く持ち上げて、目からだらだら血の涙を流し、 焼けてただれた醜い胴体をゆるゆるとくねらせながら這い回り、 やがて日高川に身を投げて息絶えたのだった。 大蛇の炎を浴びた大鐘は、赤々と焼けて熱気で誰も近づけないほどだった。 我に返った寺の僧たちは、大鐘に水をかけて冷やし、鐘を持ち上げて中を覗くと、 若い僧侶は、哀れにも炭のように焼け焦げた骨となっていた。 それから数日後のこと。 道成寺の老僧が眠っている夢の中に、一匹の蛇が現れる。 蛇は「私はあの鐘に閉じこめられ焼かれた僧です」と老僧に話しかけた。 その蛇がいうには、自分は焼き殺された挙げ句、今は夫婦にされているので、 老僧の手で法華経を納経して悪縁を断ち切って欲しいとのことだった。 「生前、私は法華経を尊んでおりましたが、未熟であるがため未だ救われません」 「どうかお願い申します」そういい終え、蛇は姿を消した。 目覚めた老僧は、さっそく法華経を写経して、僧侶と女を手厚く供養した。 その数日後、老僧は再び夢を見た。 そして夢の中で、若い僧侶は天界の都卒天に、女は刀利天になって、 無事に天に昇ることができたと知るのだった... 後に、この法華経の法力を解いた仏教説話は能の「道成寺」となり、 時代を経て多くの芸能へと発展する。 歌舞伎では「娘道成寺」、文楽では「日高川人相花王」から芝居の「安珍清姫」へと、 それぞれの時代を反映しつつ脚色され、今に伝えられている。 さてさて、紅白歌合戦を観終わると、いよいよ新しい年を迎える。 今年は、世の中が平和で慶び多い年であるようにと祈りたい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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