カテゴリ:浦嶋プロジェクト
むかし、むかしのことじゃった。 森の一本道を、ものすごい勢いで走る少年がいた。 少年の頭には、亀の甲羅がかぶさっていて、 両手に立派な大八車を握りしめ、わき目もふらず タッタッタっと、ふもとの村をめざしていた。 この少年、名前を太郎と呼んだ。 浦嶋の爺 帰郷編 ふもとの村は、太郎のふるさと、母(かか)さまと父(とと)さまが 暮らす静かな村だった。 家の近くまでくると、たくさんの村人が太郎の家の周りに集まり、 家の中をのぞいて、ざわざわしていた。 なにごとかと、太郎は大八車を置き、家の前まで走り寄ったが、 たくさんの村人が立ちふさがり、戸口までたどり着けません。 太郎は叫んだ。「ただいま帰りました!」 しかし、だれひとり、太郎を気にする様子がありません。 おかしいな?と太郎は、もう一度大きな声で、 「太郎、ただいま帰りました!」と叫んだ。 でも、だれも気が付いてくれません。 すると「長老さまが来たぞ!」、太郎の後ろから、そう叫ぶ声が聞こえました。 その声に村人たちは振り向き、そろそろと戸口の前から離れ、道を開けた。 太郎も、その声の方へ振り向いた。 その瞬間、長老さまが太郎の体をすり抜けた。 長老さまは、何もなかったように、村人が見守る中、家の中へ入っていった。 「わあああああ、なんだあああ・・・!?」 絶句する太郎。 しかし、だれひとり、その状況に驚きません。 「確かに、すり抜けたのに・・・」 村人には、なぜか太郎の姿がまったく見えなかったのです。 そして太郎の声も聞こえなかったのです。 太郎は、自分の身に何が起こっているのか、 まったくわかりませんでしたが、 長老さまのあとを追って、家の中に入りました。 そこには、布団の中で苦しむ父さまの姿がありました。 父さまは、仕事中に倒れたのです。 それを聞きつけた長老さまが、 病に効くと言われる食べ物と飲み物を持って、 訪ねてきたところだったのです。 太郎は母さまのところへ駆け寄ると、父さまの様子をききました。 太郎は振り向き長老さまに言いました。「父さまは治りますか?」 太郎は父さまの枕元に近寄り「太郎だよ!太郎が帰ったよ!」声をかけました。 でも、だれにも太郎の声は届かず、 だれにも触れることができませんでした。 太郎は、自分の姿が、ほかの人に見えていない、 自分の声が、ほかの人に聞こえてないことに、気が付いたのです。 「やっと帰ってきたのに、なんで気が付いてくれないのです・・・」 太郎の目から大きな涙が溢れては、ボロボロとこぼれ落ちました。 今の自分には何もできないと、気が付いたのです。 それでも太郎は、自分にできることはないかときょろきょろ周りを見渡しました。 長老さまが運んできた食べ物と飲み物を見つけると、 それらを、ひょいっと持ち上げ、父さまの枕元に運びました。 「ひええええ」母さまや村人は驚き、飛び上がりました。 食べ物や飲み物が、空に浮いて、枕元に移動してきたからです。 「悪霊が来ておる! ここは危険じゃ! 結界を張るのじゃあ!」 長老さまの大声が、村中に響きました。 「ちがう、ちがう今のは、ぼくだよ。太郎だよ!」 太郎はあたふたするばかり。 太郎が、あたふたしている間に、家の周りには、 縄が張られ、香が炊かれ、結界が作られました。 「巫(かんなぎ)様をお呼びしなさい!巫(かんなぎ)様が起こしになるまで この家の中に入ってはならん!」 それでも母さまは、家から出ようとはしませんでした。 「悪霊にかどわかされるぞ、はやく外へ出なさい!」 長老さまは、母さまに結界の外へ出るよう言いました。 しかし母さまは「父さまをひとりにできません。 巫(かんなぎ)様がくるまで、私が父さまを見守ります」 そう言うと、戸口を、ぴしゃりと締めてしまった。 太郎は、目の前で起こっていることに何もできず、 戸口をたたいて「父さま、母さま」と叫ぶばかり。 「ドンドン、ドンドン、ドンドン」と戸口が鳴り響く音に、 村人たちは、恐怖におののき、逃げ出してしまった。 家の中にいる母さまは、体を震わせて、父さまを抱きしめていた。 「私が、何かすれば悪霊と間違えられ、怖がらせるばかり、 私が、巫(かんなぎ)様をお連れしよう」 太郎は、駆け出した。 森の一本道を大八車を引き、ひた走る太郎。 森の奥へ奥へとひた走っている途中、 正面から巫(かんなぎ)様が歩いてくるのに出くわした。 巫(かんなぎ)様は、しばらく太郎を見つめたのち、 大八車に乗った。 「しっかり捕まっててください!」そう言うと 太郎は、勢いよく走り出した。 いま来た道を引き返し、村に向かって、走る。走る。ひた走る。 それから、数日後。 父さまは、巫(かんなぎ)様のおかげで、病から回復した。 軒先で、母さまと一緒に、おむすびを食べて微笑んでいる。 あの日、巫(かんなぎ)様は 大八車の荷台に、炭で書かれた伝言を読んだのです。 「どうか早く、父さまを助けてください。この荷台に乗ってください。 わたしが、お連れします。太郎」 それを見た、巫(かんなぎ)様は、何十年も前に姿を消した太郎だと気が付いたのです。 巫(かんなぎ)様は、荷台に乗り、家まで来てくれたのです。 壱日でも遅れていたら、父さまの命は危なかったかもしれません。 そして今、立てかけられた大八車の荷台には、父さまと母さまに 宛てられた伝言が残されていました。 「わたしは、竜宮城で、乙姫さまと出会いました。 また、近いうちに乙姫様を連れて、戻って参ります。太郎」 おしまい、でもつづく。 初版:2021年1月3日 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.02.28 22:26:46
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