深々と頭を下げる
金曜日は、退職者の方を送る会だった。先週の、退職の発表からもうずっと、落ち着かなくて、仕事が手につくような手につかないような。年の近い上司様がお辞めになるのに、私が勝手に罪悪感覚えてしまって、後悔が痛い。「迷惑をかけるから、」と彼は何度も繰り返した。「能力の限界だから。」迷惑かけられてません、とは、やっぱりどうしても言えなかった。滞留していく彼の仕事を、彼を立てつつフォローするのは、結構な負担だった。ときどきは口に出して文句も言った。「もう少し、考えてもらえませんか。」本人にも言った。「あの人は、あれもしてない、これもしてない。どうしよう!」周囲にも言った。「彼は体が弱いんだから。」「フォローしてあげて。」「あの人、しんどそうだ。」「この仕事、間に合うのかな。」「これあの人の仕事だけど、わからないだろうから。」「知らないんだって。だから、代わりに、」「あれ、また休み?」「この職場きてから、彼の体、また弱くなったね。」耳をふさいで、首を振って、拒みたかった。私の仕事じゃない、私のせいじゃない、何度も思った。口先だけなら人はこんなに優しくなれるのか、と思った。「あの人だいじょうぶかな。」言うだけですませる。彼の仕事を肩代わりして、疲れきった私に「あんたはおせっかいなんだよ。」「僕はその仕事、わからないですから。」「そんな風に怒るなら、手伝わなければいいのに。」「誰もが君と同じ仕事をできるわけじゃないんだから。」「迷惑かけるね。よろしくね。」去っていく。手の中から心から時間から、さらさら余裕が消えていった。雰囲気が、言動が、尖ったと思う。彼を突き刺したと思う。それでも、彼が辞めればいいと、思ったことはなかったのに。退職の挨拶に彼がやってきた。私は深々、頭をさげた。「なにもできなくて、すみませんでした。」彼も深々、頭をさげた。「いいや、ほんと、君には迷惑かけて。」きっとあのとき、世界中で一番正直だった私たち。隣の係の口の悪い上司が野次を飛ばした。「お前、ずっとおって、迷惑かけ続ければよかったんだ、」私たち、みんな、笑った。最後の形ばかり美しくて、こんちくしょう。花よ、枯れてしまえ。