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2009.02.26
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カテゴリ:コラム
人間にとって、いや、生きとし生ける物にとって、確かに存在を実感することができるものは「現在」という時間だけである。

もっと、言えば、時間とは人間が何かを実行するときの基準となる物差しである。

あくまで、概念上の方便である時間を明確に認識させる道具として時計やカレンダーといったものがこの世にはあるわけだ。

なので、過去とか未来というものはすべて概念である。

では、過去と未来というものに意識を馳せるのは無駄なのだろうか。

この答えとしては、はっきりとは断言しきれないものはあるとして、単なる概念として過去と未来をとらえるんであるならば、無駄なのなのかもしれない。

しかし、人間は今ある「現在」を保存することはできない。なぜなら現在は刻々と変化を続けているからだ。

「変化」し続けているということを認識することは過去とか未来とか概念上でしかないものに意識をとられ怯えたり後悔したり、あるいは期待したり、とらわれたりすることに比べて意義のあることであると思われる。

人間にとっておそらく、シンプルな真実を述べるなら、今現在をどう生きるのかということ、そして、自分を含め世界は変わり続けているということ前提とした、生き方を選択することができるならば、きっと生ある限り、進歩向上してゆくことのできる有意義な人生といえるのではないだろうか。

多くの物事は、シンプルな事実で構成されている。

それを誤った知性の使い方をすることで、自分を迷路へとひきづりこんでしまうのかもしれない。

物事の単純な真実こそ、よくよく心をすまして気づきを得ることが、より重要になってくるような気がしてならない。





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Last updated  2009.02.26 22:57:06
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