個性と障碍の境界ボーダーを考える。
学校行きたくないを玄関からだしたら靴もはかず逃げ回って表現する娘、2年生でこれか・・・それで娘の個性なんで良いも悪いもない。この話友達にしてたらそいうえば、幼稚園で便器の数数えてた話してたよね。。っていわれ、ああしてたな~。あのときも、これはどう思えばいい?と思ったんだけど設定があっての話、幼稚園の体験入園か、入学式だったかで雰囲気に圧倒されておしっこと逃走し(ここがすでに、でも逆に年中あたりで雰囲気に圧倒されたらおしっこと逃走癖というか知恵熱か?で本気でおしっこしたいなので)で、便器数えていたんでああなんだかな~だったんですけどこのなんだかな~がストレート共有される気分ってことにならないからボーダー、もしくはグレー、言葉は悪いけど、普通の想定対応だとヒットの少ない個性の子う~ん、親としてはどう思うか。個性を生かして天然でずっといくか、天然っぽさ薄れていくか。それでいいと思うけど、過剰な心配して子どもの個性を認めない親、あるいは過保護な育て方して。。とそこはそんなんでないって・・・ってのがぴんと来ない人にはこないんだろうな。学校行かない。そんなの甘えだろう。でほんと、玄関から放り出してしまえば仕方なしに行くなんてないよ、それ。1時間でも2時間でも外で泣いてるだけだろうなと。これふとおもったけどトイレトレーニングもこの子まだ無理、無駄なストレスで頑張って半年1年洗濯物増やし子どもは無理じいストレスやめようって直感と同じで。多くはそうでなくてもそういう子もいるんだって。って結局そういう子育てない限り自分の子や周囲の子の基準が全部って思うんだろうな・・・境界の子は割り切りが必要なんですけどね。。。障碍だになれば、割り切りも早い別な発想へいくんでしょうけど障碍じゃないとなったらこの割り切りどこに持ってくるか難しいです。