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カテゴリ:翻訳裁判所
梨畑ともうひとりの刑事が歌ったあと、御地が得意げに歌いだした。たちまち、梨畑が困惑の表情を浮かべはじめた。これがいったい、他人に聞かせる歌と言えるだろうか。 それなのに、御地ときたら、得意満面で「どうだ。こう見えても昔、歌手になろうとしたんだ。今でもまだその夢は捨てていない」と言うのだった。 もうひとりの刑事が「なあ、梨畑、どう思う。率直なところを聞かせてほしいんだが、、」 「どう、と言われても、その、なかなかのもので、」 「なかなかのものだと、、。なかなか上手なのか、それとも、なかなか下手なのか」 「なかなか、おお上手、だと思います」 「梨畑、お前、声震えてるぞ。思ったことを思ったままに言えばいいんだ。ここは取り調べの場じゃない。わかった。じゃあ、質問の仕方を変えよう。こいつがもし歌手になって、この歌声を全国に流したら、どういうことになる」 梨畑は急に泣き出して、声を絞り出すように言った。 「みんなの迷惑です。日本の音楽をめちゃくちゃにしてしまいます。子どもの感性をズタズタにしてしまいます」 「終わったな。お前の犠牲的精神がモノを言った。しかし、いくら、ホシを落とすためとはいえ、よくあんな下手な歌を歌ったな。しかも、そのあとで、これでも昔は歌手になりたかったなんて、よく言えたもんだ」 「本当にそうです。私もそう思いました」 梨畑はそう言うと、また少し涙ぐんた。 「だからこそ、私、目がさめたんです。刑事さんの歌と、歌手になりたいという大言壮語は、まさに私そのままです。あの下手っくそな歌は私の訳文そのもの、それでも歌手になりたいというあつかましさは、あの日本語で、翻訳者としてやっていきたいと思う私のあつかましさそのものです」 二人の刑事は顔を見合わせた。 「そうだったのか」 「・・・・・・・」 「自覚があったのか。そうとなれば、今後の取り調べや捜査方針、日本国との戦い方にも影響が出てくる」 「よし、梨畑、わかった。取り調べはまた明日からだ。今日は思いきり、歌って騒げ」 「でも、刑事さん、、、」 「でも、何だ」 「あんな下手な歌を聴いたあとじゃ、もう歌えません」 「なるほど、そう言えば、だれかも言ってたな。梨畑の翻訳を読んだあとは、2日くらい翻訳の仕事をする気がしないって」 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.09.04 15:18:43
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