テーマ:農のある暮らし(1199)
カテゴリ:農となかま♪
30日、31日の2日間で水俣市久木野の愛林館に行ってきました。
水俣といえば「海」そして「水俣病」歴史として忘れてはならない教訓ですが、今、水俣の海がすばらしく美しいのを皆さんご存知でしょうか?水俣はいまや「環境モデル都市」 を目指すエコ最先端の都市なのです。 そして水俣のもうひとつの顔は美しい山々に囲まれていること。それが水俣市の久木野です。海の源でもある山、森を育くむ、山村進行事業の拠点としてつくられたのが「愛林館」です。 前置きが長くなりましたが、この「愛林館」の館長である沢畑さんと、先日ご縁が会ってお近づきになったNPO法人霧島食育研究会の千葉しのぶさんの共同企画で実現したのが今回の「棚田食育士養成講座~初級編~」です。ちなみに今回ブログつながりのけんたろうさんにばったり遭遇。こんなことってあるんですね~。オフ会みたいになりました。 ところでみなさん「棚田」ご存知ですか? 久木野の面積は水俣市の面積の26%。そのうち耕地面積は3%。残りの97%は森林だそうです。この3%を有効活用し、農作物をつくろうとした苦肉の策が棚田という方法だったのでしょう。 この棚田を潤す「水」は、森が雨水を溜め込み、長い年月をかけて浄化した湧き水です。川原の石を巧みに動かすことで、水量を調整するダムの役割を果たしたり、水温を調整できるように棚田に入る前の水路の長さや傾度を調整するなど、驚くほど緻密に計算しつくされてあのような美しい棚田ができているということを知りました。 私たちが見慣れている稲も、おいしいお米、そして作業が楽になるようにずいぶん改良を重ねてあるようです。久木野では、香り米と呼ばれる万石米が一部伝承されて栽培されていました。 ちなみによく見かける稲はまだこのくらい 私たちも今回ご馳走になりましたが、ポップコーンがはじけつ時に似た香ばしい香りがするお米です。このお米の稲はなんと背丈ちかく大きくなるのだそう。当然稲は横に倒れます。倒れるとお米が落ちて収穫高が減る、また脱穀する際も非常に壊れやすいため、機械での大量脱穀にはむかないという理由から生産されなくなっていった経緯があるようです。 そして、この棚田を守り続けているのは館長さんいわく「兼業農家ではなく棚田サラリーマン」の方々。外で収入を得て農機具を買い、休日の農作業で維持されているとのことです。沢畑さんは著書「森と棚田で考えた」で 「棚田の持ち主は自分が田を荒らせば周りに迷惑がかかるという共同体規制2割、先祖から受け継いだ田を守るという倫理感6割、自分で育てた米がうまいからという積極的理由が2割で経済的にはまったく不合理な稲作を続けている」 と分析されていました。棚田はこの傾斜地で収穫量を上げ、洪水調節、地下水の涵養を行うというほとんど完璧な土地利用法であるにもかかわらず、経済性が最優先の今の世の中ではまったく不合理。「美しい棚田を守りましょう」という言葉も、この実情を伺えば重みがまったく違います。 このような環境の中で、ほとんど自給自足の生活をされているNさんというおばあちゃんに、今回の食材である野菜やくだものを収穫させていただいたり、豆腐作りを教えていただきました。 「こしこの大豆ばこしこの水に浸すとよかと。大豆はミキサーにかけて200数ゆっとちょうどよか按配になるけん。」 「こしこ」とは熊本弁で「このくらい」という意味。 そして夏野菜、地元の野菜だけを手渡されてグループにわかれてつくった創作料理の数々。 今回のこの経験で、これからやりたいことが明確になりました。 「食名人の伝承料理教室」 料理こそ、名人に教わってこそ意味がある。料理は経験の積み重ねだからです。積み重ねることでおのずと気づきがあったり、倫理感が生まれたりする。ただし、今の世の中で昔のように経験をひたすらにこつこつと積み上げていくことは時間的にも経済的にも不可能になっています。そうなると、昔のように経験を「作業」として伝承したとしても「単発的」であり、そうなると気づきも生まれず、あまり意味がない。いかに少ない体験を経験に近い所まで持ち上げることができるか。つまり伝承された側が自分のものとして1歩を踏み出せるきっかけづくりにできるかは、その「作業の伝承」以外に、「意味」や「哲学」、そして「問題提起」によって動機付けがなされたかどうかでかなり違った受け止め方になるということです。その動機付けの部分を担っておられたのが沢畑さん、千葉さんです。このコーディネートがあるかないかは大きな違いになると感じました。 最後に愛林館の館長さん認定の「棚田食育士 初級」の認定証をいただきました(笑) 私は「作業を伝承」できる力はまだないですが、生きる直接的手段である食だけをクローズアップした食育ではなくて、農と自然(森、川、土、海)そして宇宙を凝縮したかのような自分自身の体のことを繋げて考えるコーディネート力を身につけつつ、いずれは私も作業を伝承できる力をつけたい!それはかなり長期的な計画になりそうですが、地元の料理名人の方々とつながって、地域の若い人や子供たちに少ない「体験」を「経験」にまで持ち上げることができるような取り組みをこれまた多くの人と繋がってやっていく。今回参加させていただいたことで、「夢」の形がはっきりしてきた気がしました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007年08月04日 08時10分30秒
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