テーマ:食のある風景(19)
カテゴリ:食となかま♪
先日とある講演会でこんな話をされました。
次にあげる先生の性格と技量を見て、生徒に人気がある順にならびかえよ。 A.人徳があり、技量がある。 B.人徳はないが、技量はある。 C.人徳はあるが、技量はない。 D.人徳もなければ技量もない。 一番が「A」というのは、ほとんど一致するところだと思います。会場では2番目に「C」が多かったです。これもうなずける。問題は3番目と最下位。両方「人徳なし」は共通。では教えられる側が判断するときに、技量があったほうがいいのか、ないほうがいいのか。 これは生徒側の経験値と心構えでずいぶん変わるものなのだそうです。 もしも生徒がある程度の経験があり、「技術を学びたい」という意志が強ければ、人徳はともかく、「B」は高順位にくるはずです。しかし、生徒側の経験が浅ければ浅いほど、もっとも最悪なのは「B」です。なぜならば、「D」は「無視できる」また別の機会に別の出会いがあれば習得できるチャンスが訪れるかもしれない。しかし、「B」は技量があるので「無視できない」から、最終的に伝えられるべき技量そのものが「大嫌い」になる可能性が高いという話でした。 この話と関連した話で、興味深いのが「脳の仕組み」の話です。 大脳の一部である大脳辺縁系。この中の「扁桃体」という部分で、視覚・聴覚・味覚・嗅覚のさまざまな経験を統合して、「好き」か「嫌い」かを判断し、視床下部に伝わって「快」「不快」な情動、感情になって現れるそうです。 「扁桃体」には、視覚・聴覚・味覚・嗅覚のさまざまな経験を統合した情報を元に、「好き細胞」「嫌い細胞」が作られ、これが判断基準となって、その人の「好み」をつくっていくという話。 先ほどの「B」先生のように、B先生そのものを「嫌い」となれば、それが判断基準となって、「技」そのものを「不快」と認定してしまうということになるわけですね。 食べものだって同じです。「農と食をたのしもう会」をはじめるようになってから、農作業、食事作りという直接的な「技」の部分だけではなくて、そこで「楽しめるか」、何を見て、触って、感じるかがすごく大事だということを感じていたのは、このことに通じているな~とあらためて気づかされました。 「扁桃体」の「好き細胞」を作る情報を増やすにはさまざまな角度からの「体験」とその積み重ねによる「経験」が大事。 今、にがうりの「苦みのうまさ」は「好き」になれなくても、一緒に食卓を囲みながら、おいしそうに「にがうりの味噌いため」を食べるお父さんが好き。とか、みんなで収穫した時の草のにおいとか、風を感じるとか、料理したのが楽しかったな~とか、そういうたくさんの「情報」がきっとすごく大事なんだと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年05月10日 07時36分40秒
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