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カテゴリ:与太話
何か身体が熱いな。熱があるような気がする。就活で歩き回って汗かいたから風邪ひいたか? しかし、豚インフルが猖獗を極める今の時期にか……そういえば、SARSが流行ってるときに風邪ひいて、本気で死を覚悟したこともあったな。
たぶん、前に書いたこれ↓の続きだと思う。 「職業」の誕生について 生産とは、ある共同体を維持するためには必要不可欠な作業である。共同体成員が労働によって生産に従事し、その産物を得る事で社会は維持・発展を遂げる。 ただし、この場合の「生産」という語はある程度広い意味を包含していると言っても良い。それは食糧生産であり、道具を造る材料となるものの生産であり、かつまた子孫を残すための行為――生殖でもある。共同体成員はその生涯を通じてこれらの労働に従事しなければならない訳だが、ある程度社会が富めば必ずしも全員が、基本的な生産的活動に従事する必要はなくなってくるのではないだろうか。世界最古の職業は「傭兵」「売春婦」という、いわば第三次産業であったとも言われるが、この二者の共通点は自身の身一つあらば特別な技能をほとんど必要としない事、さらに自分自身の身を切り売りするという部分であろう。極めて古い時代においては専門的職能分化を必要としないこの二種の職業は、すなわちまだ社会全体がそれほど複雑化せず極端に専門性の高い排他的な職業の必要性という傾向を未だ明確には獲得していなかったためとも考えられる。 つまり、最古の職業とは、社会的な生産活動から弾き出された人々に一種の救済を与えるための手段であり、この時点ではいまだ社会全体を支える経済の基盤は第一次産業的生産活動であったと考えることができる。大多数の人々にとって、余剰という大きな恵みとしての要素の恩恵に与るというのはとても喜ばしい事であるが、同時にまたメインストリームから外れた落伍者の救済機能として世界最古の職業は誕生したのだと考えられはしないだろうか。 しかし余剰の発生は、同時にそれまで平等に生産活動に従事していた人々に対して「落伍」と同時に「解放」というもう一つの側面をももたらしたはずである。 第一次的生産活動としての労働でなく、ある種の統括的・指導的立場に立った人々は、少なくとも「労働」としての意義を含む活動からは余剰の発生とともに少しずつ開放されはじめた。最初期の肉体的な労働でなく、指導的な人々が行うべく知識集約型労働としての労働形態が整えられ始めた。つまり、生産活動の活発化による余剰の誕生は、落伍者を救済するための職業と同時に基本的労働よりの解放を見た特権的な階級を次第に形成し始めていったのである。 ……続く? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.05.12 22:12:46
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