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tartaros  ―タルタロス―

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2009.09.08
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カテゴリ:与太話
 知り合いに「蟹工船の映画見たい」って言ったら、少しばかり引かれました。
 もっとも、思想云々ではなく何でそんな地味な映画なんだよ的なものだろうけど。


 蟹工船で思い出したのだけれども、あの作品(の、小林多喜二による原作小説)は、横暴な監督に暴力で脅されながら非人間的なカニ漁に従事する労働者たちが、一致団結してストライキを成功させるまでを迫力ある筆致で描いたお話。
 本来が共産主義のプロパガンダ的作品という傾向上、どうしてもやむを得ない事かもしれないが、ストを起こす労働者たちの闘いが実にダイナミックに描かれている。それは、ある種のヒロイズムすら伴って。
 本来、物語によってそれを見る者のうちに喚起されるヒロイズムというものは、活躍する主人公に自分自身を重ね合わせる自己同一化願望が少なからず混じっているはずだ。しかし、「蟹工船」という作品は群像劇という形式である以上、同一化を促す要素が希薄である。つまり、読者が自己を重ね合わせる事の出来る明確な主人公が存在しない。それでもなお、読者があの小説を読んで強いカタルシスを得てしまうというのは、ある種の勧善懲悪的なストーリーである事に加え、現状の不満を打破して世界そのものを変革しようとする意志の具現化、つまり集団的な形でのヒロイズムが宿っているからではないだろうか。
 アントニオ・グラムシという思想家は、メモの中で「現代の君主とは、すなわち政党である」という旨の事を記しているが、つまり、本来であれば絶対に表に出る事の無かったであろう変革の意志――かつては一握りの君主や英雄のみが天から与えられたもの、各人が持ち得、また正義と信じる所のささやかなヒロイズムを政治に反映させる手段を、現代の民衆は獲得しているという事ではないだろうか。
 それが最も端的な形で表れるのはやはり革命という手段だろうが、これは何もそうした急進的な手段を取らずとも、民主主義的な選挙などでも実現可能だ。つまり、国家に属する個々人が政治に大きく関与するというヒロイックな意識を持ち得る限り、皆がささやかな英雄として、自己の意識においては(不可視ではあるけれども)君臨する事ができるのである。
 
 だが、自己をより大きく見せようとするヒロイズムは果たして傲慢と紙一重である。
 皆が皆、ヒロイックの感情を有していたとして、それが最終的には他にとっての独善となりかねない危険は常にある。誤れる判断が、英雄像を歪めてしまうという結末も十分にあり得る所ではないだろうか。まして民主主義とは少数派の尊重という理想を掲げているとはいえ、本質的には「数の暴力」による政治形態だ。集団化したヒロイズムに待望される英雄が、いずれ独善的な者に変質しかねないという背信の未来は、もしかしたらすぐに手の届く場所にあるのかもしれないのである。しかも、それは革命もまた然りであろう。
 ヒロイズムとは瞬間的な願望で、その後に訪れる余波が何をもたらすかの方が、実は最も重要な事柄ではないかと考えてみた次第。





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Last updated  2009.09.08 22:26:19
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