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カテゴリ:読書
「東方儚月抄 Cage in Lunatic Runagate.」を読んだ。
神主ことZUN氏本人が執筆した、公式外伝のさらに外伝的小説である。ちなみに、今回音楽CDは付属いたしません。 一応、漫画作品である「儚月抄」本編の補完という位置づけなので、概要だけでも知っておいた方がよりお話を楽しめるのは間違いない。 ストーリー自体は……何と言うか、そもそも紫の企図した第二次月面戦争自体が、かつて月に敗北した際の個人的意趣返しでしかないため、はっきり言ってしまえば派手さには欠ける。本作を評して「小説版と言うよりファンブック」というものがあったのも頷ける内容では、ある。しかしながら、いつものゲーム本編での派手な弾幕勝負そのものも、根っこの部分は「女子供の遊び」である。 明確に儀礼化したホモ・ルーデンス的な決闘が前提になっている、どこかのほほんとした牧歌的な物語なので(原作者本人が執筆しているので当然と言えば当然だが)、東方の世界観に忠実に則っているとも言える。 やはりラストでは宴会を開いて酒を飲みながらアレコレと総括しているので、やはり、これは幻想郷を織りなす幻想郷の一部なのだ。 なお、「永夜抄」以降、音沙汰のまるで無かった慧音と妹紅のエピソードが収録されているのもまた良し。後者は仇敵たる輝夜に対して良い具合にツンデレしている。 また所々で神主の思想的なものも窺い知れるという気もする。 公式設定に拠れば、蓬莱山輝夜が地上に追放されたのは、蓬莱の薬を飲んで不老不死となった=魂が穢れたためだとされている。 本作で語られるところによると、月の住人達は長い生存が限りなく確実に保障されているため、生存闘争そのものに興味を持っていない。日々適当に働いて、暇なときは碁でも打っているのが理想的な生活なのだそうだ。 しかしながら、『彼ら』の言う穢れとは、すなわち彼らの本来において持ち得ない観念――つまり、生への執着であるという事が推測される。 月人の価値観に拠れば、生とは他者を蹴落とす競争である。 その結果として現れる敗者の死を糧にして生は継続されるのであるが、死の誕生によって、また穢れも生まれるのである。つまり、生を永続させることの可能な月人にとって、短命ゆえに他者の死を喰わねば生きられない生物の支配する地球は、生存そのものが死と穢れを産み出す土地なのである。 月人たちが地上を穢土と呼ぶのはそれに由来するという。 が、輝夜は永遠の命を保証する蓬莱の薬を口にした。 本来、生への欲求は地上の生物しか持ち得ない観念だ。であるにもかかわらず、輝夜は生命の永続を促すものをその身に取り込んだ。すなわち、生への執着と見なされ魂は穢れた。結果的に、輝夜は地上に住まう幻想郷の一員たる道を選ぶ訳だが、おそらく『欠乏』を克服したのであろう月人の中にあっては、動機はどうあれ飢渇に基づく行動を起こした蓬莱山輝夜は確実な“異形”であったことは想像に難くない。 輝夜が月での生活に退屈を覚えて追放さるべく罪を犯したように、著者の語るロマンとは、等しく欠乏の救済という面があるのではないだろうか? あとがきによれば、現実の人間が幻想郷にロマンを感じているように、幻想郷の住人は、外界の科学技術に基づいた文化に対してロマンを感じているという。「神隠し」という現象は大正時代あたりまでは東京でも当たり前に事実として受け止められ、高度経済成長を境に狐に化かされたという怪異譚は消滅していったともいわれる。幻想であれ科学であれ、ロマンの追求とは、内なる精神に根差した未だ見ぬ世界への欠乏を、好奇の手が満たす行為であるとも考えられる。 であるならば、幻想郷内部の常識に依拠した形で、神の力を借りてロケットを飛ばし、月の住人と一悶着を起こして来る霊夢たちは、やはりロマンではなく現状で知り得る最先端の力の行使を為したに過ぎない。 かつて科学技術は不可能を可能にする手段であり、薔薇色の未来を約束する夢のようなものだと思われてきた時代があった。 しかし、実際は兵器の発達によって戦争の悲惨さが増し、公害や環境汚染で地球そのものの命脈も危ういと言われるようになっている。神秘を捨てた結果として選びとった、科学という新たに欠乏を回避するための手段は、決して万能ではないという事実が露呈してしまったのである。 近代以前に放棄してきた幻想という可能性を現代人が夢見るように、幻想郷の住人たちもまた、別世界の観念たる科学を夢見ている。そのどちらも欠乏を好奇心で満たすための手段であるのなら、幻想郷という架空の世界と現実の世界とは、ロマンという点で意外と似通っている部分があるのかもしれない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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