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2011.05.24
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カテゴリ:拙文であそぼ


たぷん、と湯が音をたてた。

音の方を横目でうかがうと、ひたひたと濡れた足音を立てて

内湯への扉を開けようとしている女のくるぶしが見える。

これでしばらく露天風呂はキョウコ一人の貸し切りだ。



体が騒いでどうしようもない夜は、風呂に限る。

若い頃なら何のてらいもなく夫の腕にだかれたものを、

家庭が熟していくにつれ、夫の腕は遠くなってしまった。

人生の伴侶にケイスケを選んだことに悔いはないが、

伴侶に抱かれることの無くなった人生には悔いが残る。



かといって、今更どうすればいいのやら見当もつかず、

仕方なくこうして一月かふた月に一度、

子どもの寝静まった夜更けに風呂屋へ向かう。



女の体でさえ持て余すものを、男の身でケイスケはどうしているのだろう。

どこかに放蕩の影でもあれば、他の悩みが湧くにしても納得するだろうに、

それすらも感じられないとなれば、ただ首をひねるしかない。

まさか、キョウコと同じように湯に流しているとは思えないけれど。



熱めの湯は、キョウコの衰えかかった肌も柔らかく上気させていく。

腰までを湯にしずめて、胸を空気に晒しながら見上げると、

東屋を模した屋根の縁から満月がのぞいている。



若かった頃は、月に見られても恥ずかしくて露天風呂を避けたけれど、

肌の張りが失せていくにつれ羞恥も薄らいだ。

すっかり凋んでしまった乳房は、服を着ていればごまかせても、

素裸になってしまえば取り繕いようもない。

張りを失ってしまった乳房は、女としての価値そのもののように思える。

新鮮なうちは艶やかに青果売り場で鼻歌を歌っていたくせに、

スーパーの見切り品のカゴに盛られたトマトのように。





子が乳離れするごとに乳房は張りを失っていき、

乳房が張りを失うごとに夫の腕は遠くなる。

家庭も生活も充実していく手ごたえを感じる一方で、

女としての価値が下がっていく、不安。




その不安を、熱い湯でゆっくりと時間をかけて解きほぐしていく。

夫の代わりに月光に抱かれながら。



これから先、私はこうしていくしかないのか。

こうやって、自分で自分を慰めていくしかないのか。

女としての悦びを、ただ月光に抱かれることで癒していくしかないのか。



ケイスケ。

私を、見てください。

私を、抱いてください。



口元まで出かかる言葉を、何度飲み込んだことか。



今頃、ケイスケはもう眠っているだろう。

帰宅したら、夫の布団に忍び込んでやろうか。


新婚の頃、嫌な夢を見たときに潜り込んだように。

ケイスケが私を抱かなくても構わない。

私がケイスケを抱いて眠るのだ。




*****************

口説きバトンをお題にする続き。






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Last updated  2011.05.24 11:15:26
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