またもや全文引用、その2
つづき【参議院予算委員会における参考人隠し】 今回の新型インフルエンザ騒動における厚労省の対応には多くの改善点があります。しかしながら、もっと議論すべきが厚労省の隠蔽体質です。それが明らかになったのは、5月25日の参議院予算委員会です。詳細は、中田はる佳氏の論文をお読みください(http://medg.jp/mt/2009/05/-vol-125.html)。 当初、この委員会では、民主党の鈴木寛議員が新型インフルエンザについて質問する予定でした。鈴木議員は、参考人として、現役検疫官の木村盛世氏と国立感染症研究所感染症情報センター主任研究官の森兼啓太氏を招致していました。しかしながら、当日開始時間になっても予算委員会は始まらず、開始予定時刻を1時間もオーバーしました。これは、舛添大臣は両氏の出席を認めていたのに、与党が木村氏・森兼氏の出席を拒んだためです。与謝野財務大臣、鳩山総務大臣、舛添厚労大臣、塩谷文科大臣も1時間、待ちぼうけだったようです。 私が聞くところでは、厚労省は「木村、森兼氏は政府を代表する立場ではない」として、別の委員に差し替えるように鈴木寛事務所に依頼するとともに、与党の予算委員会理事たちに参考人招致に反対するように陳情しました。木村・森兼氏は、政府代表ではなく、専門家としての意見を聞くために呼ばれた訳ですから、これは屁理屈です。そもそも国会の参考人を、官僚にとって都合が悪いから妨害するなど、常識的には考えられないことです。多くの国民は、まさか厚労省がこのような姑息な手段を用いて、自らに不都合な情報を隠蔽しているとは知らないでしょう。 結局、25日は参考人招致が認められず、28日の午前中に審議されることとなりました。このことはメディアでも報道され、政府に不利な発言をすると考えられる参考人を隠ぺいしたのではないかと批判されています。ところが、この件の責任者である上田博三健康局長など、関係者が処分されたという話は聞きません。「厚労省」を「自衛隊」と置き換えれば、事態の深刻さをご理解頂けるのではないでしょうか。厚労省は「シビリアン・コントロール」から外れています。朝日新聞 「与党、水際対策批判した検疫官の出席拒否 野党は反発」:http://www.asahi.com/politics/update/0525/TKY200905250417.htmlロハスメディカル 「新型インフル 参院予算委で"参考人隠し」:http://lohasmedical.jp/news/2009/05/25145547.php 【参議院予算委員会仕切り直し】 5月28日に仕切り直された参議院・予算委員会では、以下の4人の医師が参考人として呼ばれ、新型インフルエンザの集中審議が行われました。与党推薦参考人として、尾身茂・自治医科大学教授(元厚労官僚、元WHO西太平洋事務局長)、岡部信彦・国立感染症研究所感染症情報センター長の2人と、野党推薦参考人として、前述の木村、森兼氏の2人です。国立感染症研究所(以下、感染研)と言えば厚労省の下部組織ですから、岡部氏と森兼氏は、木村氏と同様、厚生労働技官です。ある意味で、新型インフルエンザ対策の指揮官である上田博三・厚労省健康局長の支配を受ける難しい立場にありながら、医師として専門家として、正しいと考えることを、それぞれに堂々と発言したことに敬意を表します。 鈴木寛議員の「なぜ厚労省は、検疫に異論を唱える職員等の意見に耳をかさないのか。その背景をどう感じていたか」との質問に、木村氏は「検疫ではN95マスクなどで防御した検疫官の姿が報道され、政府のパフォーマンスに利用されたのではないか」「そもそも行動計画の作成には医系技官がかかわっているが、果たして十分な情報収集を行い、議論を尽くしたものなのか」といった回答をしました。森兼氏も、「検疫は全く無駄とは言えないが、要は人、手間、コストのバランスだと思う。検疫に目が向きすぎていた面があり、少なくても国内感染者が出た時点で、検疫をやめて国内対策を重視すべきだった」と述べましたし、岡部氏も「行動計画においては適時適切に修正を行うこととなっているので、これを是非利用していただければと思う」と締めくくりました。 このような勇気ある発言ができる専門家たちが、この国を守るために不可欠な存在となります。一方、政府官邸の専門家諮問委員会の長でもある尾身氏は、検疫は万能薬ではないとしつつも一定の効果があったと述べ、そのひとつは「国内の発症例が報告される迄に時間を稼げて診断薬を調整し、各地方自治体に配布することができた」と指摘しました。この理屈は、科学者としてはかなり無理があると思います。国内で渡航歴のない患者はPCRで診断させてもらえなかったのですから、その間、発見が遅れ、単に国内感染者を増やすまで待っていただけだ、と考える方が自然です。また、水際作戦で時間稼ぎするくらいで出来ることなら、予めやっておくべきでしょう。それでも最後には、「縦軸に感染力、横軸に病原力を置いた二次元的な対策を作る、検疫においてもアジャストするということはこれからの課題で、厚生省がすぐにやるべきこと」と締めくくりました。これは、まさに正鵠を射た発言です。 4人の専門家が異口同音に検疫見直しの必要性を指摘しましたが、上田博三・健康局長の回答は、「現時点では、検疫法の改正が必要か否かを検討するのは時期尚早」というものでした。今秋には新型インフルエンザの再来が予想されるのですから、「検討を開始」するくらいはすべきですし、参加した全ての専門家の意見を無視して、上田健康局長が決める資格があるようには思えません。【医系技官の存在】 このように新型インフルエンザ対策に関わった厚労官僚たちは、大臣、国会議員、専門家の意見を聞き流し、暴走しています。なぜ厚労省は、このような対応をとってしまうのでしょうか?この問題は、新型インフルエンザ対策を取り仕切った医系技官の存在を抜きに語ることはできません。 医系技官とは医師免許を持つキャリア官僚で、霞ヶ関に約250人存在する一大勢力です。医政局長、健康局長という二つの局長ポジションをもち、医療行政を一手に担います。また、研究費の配分や人事を通じて、国立感染症研究所などの国立病院・研究所を実質的に支配しています。これは、米国ではFDAやCDCの長官が政治任用であることとは対照的です。 医系技官のキャリアパスは独特です。医学部卒業後に1-2年の臨床研修を経て厚労省に入省し、その後、様々な部署や省庁をローテートし、閉鎖的な「ムラ社会」で出世を競います。彼らは、権限や予算獲得を追い求め、行政官としての実績を積んでいきます。この状況は、WHOやCDCが、十分な現場経験を持つ医師を中心に運営されていることとは対照的です。例えば、テレビにしばしば登場するWHOのKeiji Fukuda氏は大学卒業後、一貫して感染症対策に従事しています。彼らは、グローバルな「感染症対策ムラ」で昇進を競い、そのために公衆衛生の専門知識と、この分野での業績が求められます。今回の新型インフルエンザ騒動で、厚労省がWHOと十分に連携できなかったのは、両者のレベル・行動原理が違うからだと言うことも可能です。 霞ヶ関に医系技官が必要な理由は、医療は専門性が高く、医師でなければ分からないからだと説明されてきました。また、事務官にとっても医系技官は便利な存在だったでしょう。医系技官が政策立案に関与することで、国民や政治家に対して医学的な正当性をアピールすることが出来たからです。しかしながら、多くの国民が「医系技官は医者ではない」と認識するようになり、その存在理由が問われています。例えば舛添大臣は、医系技官改革の必要性をこれまでに幾度も訴えています。 現在、医系技官はこのようなジレンマに悩み、一部の人たちは、専門家並みの医学知識があることをアピールしようとして墓穴を掘っています。今回の医系技官の暴走も、このように考えると理解しやすいと思います。更に、5月22日に政府の「基本的対処方針」が出され、検疫が縮小するまで、実に1ヶ月を要しましたが、これは医系技官が面子に拘ったからだと言われています。この1ヶ月は関西における感染蔓延を考えれば致命的だったと言わざるを得ません。わずか5日間で学校閉鎖勧告を撤回したCDCの柔軟さとは対照的です。しかも、この方向転換は難渋を極めました。舛添大臣は5月19日、医系技官が選んだ専門家諮問委員とは別に、独自に四名の専門家アドバイザーを任命し、彼らの意見を聞くという「パフォーマンス」を演じなければならなかったのです。その中に、上記の森兼氏も含まれます。勿論、全ての専門家が機内検疫の即時中止、国内体制の整備を訴えました。この模様は、マスメディアで大きく報道され、医系技官も方針転換せざるを得なくなりました。しかしながら、舛添大臣の「パフォーマンス」は官邸の反発を買い、東京新聞はこれを5月22日の朝刊で大きく報道しました(インフル対策指揮の舛添厚労省 官邸「独断専行」批判も)。誰が官邸に情報を入れたかは、説明の必要もないでしょう。 このように、我が国の医療行政は、医師が尊重すべき科学的正しさや良心ではなく、担当者の面子や思惑にあまりにも翻弄されすぎています。既に南半球では新型インフルエンザの大流行が起こりつつあり、今秋、日本への再上陸は避けられそうにありません。このままでは、また同じような迷走劇を繰り返し、大きな被害が出る可能性は高いでしょう。そうした今、我々は何をしなければならないでしょうか? 次回、この問題を議論したいと思います。メールマガジン自体も続きがあるようです。