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カテゴリ:書評2nd.シーズン
書評:虚実両作家の、傷ついたマインドマップ。
カルロス・ルイス・サフォン著、木村裕美訳『天使のゲーム』(上)(下)(集英社文庫) ベストセラー小説『風の影』(過去書評はコチラ)から6年、カルロス・ルイス・サフォンの“忘れられた本の墓場”シリーズ全四部作の第二段の翻訳登場である。 本好きを唸らせた、というコピーを、前作の刊行の際にどれだけ目にしたことか。しかし確かに、読書、というより、本をめぐるエレメントのすべて、つまり、図書館であり、本棚であり、ペンであり、インクのにおいであり、積もった誇りであり…。そういった「本そのものの偏愛者」たちのツボを、これでもかとばかりに衝いてくる作者の小説世界は、自身が「本マニア」でなければ絶対に描けない、まさに本好きによる本好きのためのミステリなのであった。 作者による、内戦後のスペイン/バルセロナの、空気や雨の匂いまで漂ってきそうな細密な描写は、たとえばシムノンがフランスの街々を描くときの、濃密でありながらどこか醒めた視線とは異なり、むせかえるようににナイーヴで、息苦しい。しかし、これぞバルセロナだ、と納得してしまう。あの街が放つ独特で複雑な屈折感が、うねる路地や見棄てられた裏町の暗がりに顔をのぞかせる。 この重苦しい都市の描写は前作でもお馴染みだが、実は単なる表現上の問題に終始しない。スピーディを旨とする物語の展開を、随所で滞らせ、躓かせ、足をすくう作用が、文字だけでは伝わらないバルセロナのプロフィールを体感させてくれるのである。そこにはつまり、登場人物とは別の、主人公としての街・バルセロナの存在感が立ち上がってくる。 そうした入念に仕掛けられたリテラシーではあるが、興ざめするような言葉遊びや謎かけをしないのがサフォン流だろうか、ム―ドを損ねず潔い。 前作同様、本作もまた、「作家」と「小説」をめぐる作品である。主人公には当然、作家自身の心象が投影されているのだが、全体を通して流れるウェットな質感は、日本人になじむと言えばなじむかもしれないが、やはりいささかナイーヴに過ぎるのだ。ナイーヴな作家が、ナイーヴな主人公を通じて、ナイーヴな街の傷を掻き毟る。徹底的に、「負け犬」のカタルシスへの道行き。ダークな、『昔がたり(ピエル・ノジール)』。ミステリ小説の形式を取りながらも、サフォンの作品とは、そういう小説なのである。 そこに肩入れできるか否か、は本書を、あるいはカルロス・ルイス・サフォンという作家を好きになれるかどうかを決定してしまう要因だと思うのだが、「サフォン・マニア」という言葉を生む世界的ベストセラー作家なのだから、いまや世の中の本好きは、ますます内省的になっているのかもしれない。まるで、サフォンの小説に出てくるような、深い深い闇、忘れられた本の墓場にお気に入りの一冊を求めて分け入るかのように。 読後感としては、寓話的なシーケンスが太く横たわる本作は、ドラマに徹していた『風の影』に比べて、個人的にはやや劣る気もするが、それでも、本マニアたる私を刺激するに十分な質量を持つ一冊である。 惜しむらくは、連続する世界を描いたシリーズ作品でありながら、訳出の間が空いてしまい、作者や訳者が意図する作品中の演出が、思うようなタイムリー性をもって「にやり」とさせてくれかったことであろうか。 待たせても、好きな本。まだまだ、サフォンの引き出しに投げ込まれ続けていたい。(了) 【送料無料】天使のゲーム(上) [ カルロス・ルイス・サフォン ] 【送料無料】天使のゲーム(下) [ カルロス・ルイス・サフォン ] お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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