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カテゴリ:パリの思い出
アパートが決まれば、次は電気と水道などの手続きです。
一日休暇を取り、まず午前中はフランステレコム。住所と地図と片手に最寄の事務所に行き、窓口では英語で問題なく手続きが終わりました。 午後は、EDF[Electricit? de France]です。ガスはないので、電気だけですが、窓口の数は少なく、かなり長い行列になっていました。 ようやく自分の番になり、「すみませんが英語でもよろしいでしょうか?」とたずねたところ、返事は「Non!」。 当時、私が話せるフランス語は文字通りご挨拶程度です。幸か不幸か、「地球の暮らし方」フランス版で結構綿密に予習をしており、大家さんからアパートの前の店子の支払い通知書も入手していたので、何とか身振り手振りで、店子を自分に名義変更し、使用開始日に自宅に来てもらわなければならないのでアポを取り付けました。 異様に疲れたし、周りから見たらかなり滑稽な図だったと思いますが、とりあえず何をしなければいけないのかわかっていれば、英語が駄目でも何とかなるんだという自信がつきました。 それにしても、英語アレルギー、日本人だけじゃないですね。ある人によれば、母国語でない場合の英語能力は、国力に反比例するそうです。今日び、日本人はハワイ行っても日本語だけで済みますが、フランス人もベルギー・スペイン・イタリアから北アフリカのモロッコチュニジアあたりまでフランス語だけでいけますから、たぶんほんとにそういうことなのかもしれません。 その後も、お店で探し物などがあって、手近な店員さんに英語で話し始めたとたん、その店員だけでなく近くにいた全部の店員が決して近くに寄ってこない、ということが何度もあり、絶対必要なものを買いに行くときには、事前に単語だけは仏語辞書を引く、という習慣がつきました。 おかげで、未だ文法はからっきしで仏検は三級までしか受かりませんが、食品・生活関係を中心に、ボキャブラリーは結構増えました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.01.29 16:58:01
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