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カテゴリ:恋愛小説
どれくらい泣いていたのだろう…。
時間の流れというものを全く感じなかったけれど、 気が付くと教室はすでにオレンジに染まっていた。 何がそんなに悲しかったのか、 今では思い出せないくらいの遠い記憶。 止まらない慟哭と涙に、 熱くなった瞳と胸が痛かった。 そしてその痛みを感じるために、私はまたさらに泣き続けた。 まぶたは腫れ、鼻水は出るし、みっともないと思ったけれど とにかくそうしないわけにはいかなかった。 今がその時なのだ、と。 それだけはわかっていたから。 ガラッ ふいに大きな音がして、扉が開いた。 部活が終わったのだろうか。 クラスメイトの男の子が、バスケットボールを抱えて立っていた。 入ってきた彼は私の姿を見て、ちょっと目を細めたけれど 無関心な風を装って、自分の席に向かった。 ボンッ ボンッ 気まずい空気を打ち砕くかのように、 ボールを床に打ち付けている音が聞こえる。 きっと困ってるんだろうな。 ちらっとそう思ったけれど、 私の心は泣き止むことを拒否していたし 涙は心に正直だった。 彼はしばらく何かを考え込んでいるようだった。 そそくさと着替えをする衣擦れの音が聞こえ、 その後はじっと沈黙していた。 無視して、気にしないで、帰って…。 私の思いは祈りにも似ていた。 今、どんな声をかけられてもきっとまともな対応なんてできない。 今まで話しをしたこともない人に、この場で笑ってごまかす気力もない。 それでも私の思いに反して、彼はそっと近づいてきた。 「なぁ…」 背中から彼の声が聞こえる。 いつも教室の中に響き渡っている、悪くない癖のある声。 それでもその後に続く言葉は出てこないようだった…。 なんと言ってもその時、彼もあたしもまだ16歳だったのだから。 机の上でコンコンと音がして、 見ると彼の長い指が机を叩いていた。 そしていくらか迷った末に、私の髪にその指は落ち着いた。 彼はそのまま何も言わずに髪をすくい上げたり撫でたりして 長い時間もて遊んでいた。 私も何も言わずにじっとしていた。 彼の指が思いのほか心地よくて、 そのなぞる感触だけを思っていた。 どのくらいの間そうしていたのだろう。 …涙はいつの間にか止まっていた。 やっと顔を上げた私に 「汗臭くてごめん」 と、彼は私にタオルを押し付けた。 自分の持っていたタオルは涙でぐしょぐしょだったので、 私は素直にそれを受け取った。 空色のタオルからは、 かすかに彼の匂いがした。 「ありがとう」 やっと彼の顔を見られた私は、 それでもそれしか言えなかった。 彼の指は相変わらず私の髪を撫で続けて それがくすぐったくて恥ずかしかった。 彼は少し笑顔を見せて、そのまま私を抱き寄せた。 後でわかったことだけど、 どうせなら胸で泣け、とずっと言えずにいたらしい。 彼の鼓動はとても早くて、聞いているこちらが緊張してしまうくらいだった。 その鼓動の早さが彼の逡巡だったとは、気付かずにいた。 そしてそのまま、また長い間、彼のぬくもりを感じていた。 彼の鼓動を聞きながら、なんだか安心て、泣いていたことは 遥か遠くに感じられた。 教室がダークブルーに染まる頃 私たちはやっと身体を離した。 そして彼の唇が、私の唇に熱い点を落とした。 (続く) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005/09/28 04:36:15 PM
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