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カテゴリ:本
恋は、するものではなくて、おちるもの。 14歳の準子は、まさに恋に落ちます。 相手は23才の教師・河村。 お互いに、人生の中の幾つかの出会いのうちの1つに過ぎないと思っていたのに、何年も何年も忘れようにも忘れられない恋となってしまいます。 そんな準子と、その周囲の幾人かの少年少女たちの恋愛模様が、関西の小さな街を舞台に、彼らが小学2年生から中学3年までの時の流れの中で描かれます。 たかが子供の恋、とバカにできません。 年齢的にも内容的にも幼くても、真摯さは大人にも負けない。 幼くても、駆け引きもあり、他者への牽制あり、ライバルへの嫉妬あり、報われない恋に憎悪さえ生まれる。 それが、姫野カオルコらしい文体で、――説明調だったり、ギャグ混じりだったり、身も蓋もない直接的表現だったり――語られるのだけど、たぶん、誰もが「たかが子供」時代に経験してきたことなのではないでしょうか。 読んでいて、ついつい自分の経験に当てはめてしまうのではないしょうか。 交換日記や、互いのイニシャルを入れた小物、……そんなものがキスやセックスよりも重要だった時代があったことを思い出させます。 中心となるのは、彼らが中2の時代。 早熟な準子は、早熟故に空想の中でしか恋したことがなかったのですが(その辺のくだりも絶妙にリアル)、初めて生身の恋におちます。 教師との恋。 もちろんプラトニックではないです。 「19世紀の8月に4カ国連合艦隊が、長州下関を砲撃したよりも激しいくらいヤッて犯ってヤッて犯ってヤッて犯って……(略)……ヤッて犯りまくった。(本文抜粋)」 体重が減るくらいに激しく肉体関係を結びます。 準子も始めはたんに性的なものに興味があっただけだったかもしれない。 河村も、小生意気な生徒である準子を見返したかっただけだったかもしれない。 それなのに、あっという間に2人は恋の穴に陥ってしまった。 もはやそれは淫行と呼ぶには、純化しすぎた関係になっていきます。 しかし周囲の状況がそれを許すわけもなく、別れの時が訪れます。 互いを守るために、嘘を重ね傷ついて、そして互いに犠牲になりながら、迎えた別れの時、切なさも頂点に達します。 恋におちるのに、年齢は関係ない。 幼くて真実の恋におちる者もあれば、いくつになってもそんな恋に出会えない人もいる。 姫野カオルコの小説なのに(これはけなしているのではありません。私は彼女の小説のファンですし)、ここで感じる切なさは、今まで読んだことのある「泣ける恋愛小説」に匹敵するくらい、胸に迫ってきました。 (なんて回りくどい…) 時は流れて、20年後、彼らのその後が語られます。 もちろん、準子も河村のその後も。 中学生の恋かあ、なんて読み出すのに躊躇していた私ですが、読み出したら一息でした。 まるで恋におちるみたいに、小説の中にツイラクです。 そして、納得するのです。 かすかな胸の痛みとともに思い出す恋の相手は、大学生の頃何度もキスを交わした彼ではない。 会えば軽口ばかりたたいてばかりで、手を繋ぐどころか結局思いを告げることもなく卒業式を迎えて別れてしまった中学3年の時のクラスメートだということに……。 ライバルの駆け引きと牽制に負けてしまった自分の未熟さと情けなさも同時に思い出され、ますます胸の痛みが増します。 そして、中学を卒業して何年か経ったときに、ほかの女の子から「●くんて、○○(私)のこと好きだったよね~」なんて言われた時には、とても複雑な気分になったことも……。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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