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カテゴリ:本
「月魚 」 著者:三浦しをん 出版社:角川書店 「水底の魚」と「水に沈んだ私の村」の2編収録。 前者がメインで、後者はその番外編となっています。 「水底の魚」。 東京近郊の老舗の古書店「無窮庵」。 その若き3代目主人の真志喜と卸古書販売を営む瀬名垣は、幼馴染の親友である以上に罪の意識で結ばれています。 幼少期に起きた、真志喜の父の失踪とそれによる瀬名垣の父の廃業という事件。 その事件の引き金を直接ひいてしまった彼らは互いが互いに対して、罪悪感を持ち続け、2人の関係に影を落としています。 現代の若者を描いた青春小説なのだけど、古書の世界が舞台なので、なんとなくノスタルジーかつ静かな雰囲気が全体に漂っています。 「無窮庵」の時が止まったような場の力が、小説全体に及んでいるという感じです。 骨董の世界と同じで、経験がものをいう世界において、幼少期から古書に囲まれて元来より天才といっていい古書に対する嗅覚や眼識を高めてきた彼ら。 年齢的若さ(25才くらい)を同業者に侮られながらも、堂々と渡り合う彼らの姿は小気味いいです。 古書自体の価値だけでなく、本の所有する人の思いまでも受け止め、本を愛する人と人とを結ぶ役割を果たしているという自負のもとに働く真志喜。 その実直さに呆れながらも、いつしかそのあり方に共感していく瀬名垣。 その姿勢は、読んでいてほっとさせられるし、その古きよきものに対しても、憧れのようなものをいつしか抱いてしまいます。 そんな2人が、ともに地方の資産家のもとに古書の買い付けに赴いた折に、失踪した真志喜の父と偶然再会します。 そして、その父とはからずも目利き勝負をする羽目になった2人。 その勝負の行方もスリリングなのですが、その勝負よって、過去のトラウマを払拭していく2人の姿もいいです。 あくまでも、自分のスタンスを崩すことなく、本と向き合う2人。 それが、過去の清算となると信じて……。 そして、これがいちばんのポイントなのですが、なんとなくあやしい2人の関係。 ただの幼馴染でもなく、ただの罪の意識でつながった関係でもなく、ただの親友でもなく、……あれ、このふたりって、ちょっとさらにその先の関係?というニュアンスがそこかしこに漂っています。 それが、古い古書店という舞台のなかで、不思議な化学反応を起こして、特に2人の間に何も起こらないのに、それでいてなんとなくドキドキするようなあやしい空気をかもし出してます。 男女の関係よりも簡単じゃないだけに、より文学的だし、ちょっとしたしぐさにこめられた感情の振幅も大きいですよね。 そんな「何もなさ」が、明治時代の恋愛小説を読んでいるような気分にさせられます。 そして、ラストシーン。 いやはや、「その程度」のことなのに、十分に動揺してしまいました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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