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カテゴリ:本
「解夏」
著者:さだまさし 出版社:幻冬舎 シンガーソングライターのさだまさし執筆の短編集です。 視力を失う病におかされた青年の失明への恐怖と諦観を描いた表題作「解夏」。 長野の農村に嫁いだフィリピン出身の女性の苦悩と癒しを描いた「秋桜」。 テレビ番組の構成作家として成功しつつある男の過去との邂逅と過ちの清算を描いた「水底の村」。 年老いた父が認知症になったことをきっかけに、ばらばらになっていた家族の再生をはかる男の姿を描いた「サクラサク」。 いずれも完成度が高くて、いずれも泣かせる小説です。 特に「秋桜」、最初から最後まで泣きっぱなし。 歌手が書いた小説なんて……、なんてちょっと敬遠してたのですが、とんでもなかったです。 考えてみたら、「精霊流し」とか「道化師のソネット」、もしくは「関白宣言」だって入れてもいい、限られた歌詞だけで歌われている世界の背景まで構築できる人なのだから、字数に制限のない小説なんてお手のものなのかもしれません。 その作品も、描かれている事象と、描かれている舞台がうまく合わさっているという感じです。 いずれも地方の美しい風景が巧みに取り入れてあって、それが高い舞台効果を上げています。 主人公が見る風景の広がりが、心象風景と重なって、涙をさらに誘うような……、読んでいて「上手いな」と泣きながらしきりに思いました。 好きな作品は、収録順。 映画化もされた「解夏」がやはりよかったです。 東京で小学校の教師をしていた隆之は、視力を徐々に失っていく病におかされ、職を辞し、母が住む故郷の長崎に帰ります。 懐かしい町を目に焼き付けようと日々歩く隆之の元に、東京に残した恋人の陽子がやってきます。 陽子の将来を憂い、この先の人生を思い悩む隆之。 そして……。 4篇のなかでは、いちばん淡々としたストーリー展開です。 いつくるかわからない失明への恐怖におののきながら、美しいふるさと長崎の風景を見続ける主人公。 坂の上から海のほうへ俯瞰する描写が、とてもいいです。 さだまさし自身のふるさとも長崎だと聞いたことありますが、そのへんの思い入れもあるんだろうなあと思います。 「解夏」とは禅宗の言葉です。 修行僧たちが寺にこもって修行に入るのを「夏安居(げあんご)」といい、それを解くことを「解夏」というそうです。 主人公・隆之が、失明の恐怖と戦う間を「夏安居(げあんご)」に喩えられ、彼がとうとう光を失ったとき、そのときこそが「解夏」であると、元僧侶の郷土史家に諭されるのです。 光を失うまでは恐ろしいけど、失ってしまえば逆に心に安定が訪れるはずだと……。 光を失ったあとの主人公の行く末は描かれていません。 光を失った時点の彼の諦観と安寧に、読んでいて胸が熱くなりました。 しかし、決して暗く重い終わりかたではなく、その先の人生の希望のようなものも垣間見ることができる終わり方でした。 彼をとりまく人々の優しさにもとても救われます。 ついでに2篇目の「秋桜」。 彼の名曲「秋桜」とは、まったく関係ないお話です。 主人公のフィリピン女性の苦悩や葛藤に涙しながら、これは最後まで救われないままに終わるのかと、さらに涙流していたら、……。 最後にどんでんがえしがきました。 滂沱の涙となりました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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