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カテゴリ:本
第1回「本屋大賞」を受賞した作品。 事故により記憶が80分しか維持できない天才数学者と、家政婦である「私」と10歳の息子「ルート」との交流を描いた小説です。 老博士の記憶は、80分しかもたない。 ということは、「私」が博士の前から80分以上姿を消せば、彼の記憶から「私」の存在が消えてなくなるということ。 そのために、通いの家政婦である「私」は、毎朝、博士と‘初対面の挨拶’をしなくてはならないわけです。 毎日朝から夜まで顔を合わせていれば、たいていそれなりの人間関係というものが生まれ、育っていくもの。 だけど、博士とはそれを築くことができない。 双方がそうなら楽だけど、片方は日々相手に対する理解を深めていく能力があるだけに、すごく徒労感を抱くことになるのです。 まるで「賽の河原の石積み」のような関係に、疲労感を覚えずにいられなくて当然です。 しかし、「私」が博士の語る『美しき数学の世界』に触れてから、物語は一転します。 それが突破口となり、彼らなりの関係の構築が始まるのです。 そして始まる、「私」の息子を交えた3人の交流。 とても注意深くて優しくて、胸に染み入ります。 決して博士の身に奇跡が起こることなく、博士の失われた記憶力が甦ることはないのですが、確実に3人の関係の積み重ねが起きるのです。 そのこと自体が奇跡的にも思えます。 「私」と息子の、世の中から忘れられた孤独な博士に対する愛情に、とても救われる思いになります。 そして博士の語る数学の美しさにも魅せられます。 数学はきらいじゃないのにできないという理系コンプレックスを持つ私としては、理系の権化とも言える数学者なんて、もうメロメロの対象です。 その彼に鮮やかにエレガントに数式の不思議を語られたら、それだけでぐにゃりとしたマタタビを嗅いだ猫の状態になります。 それから、もうひとつ、この小説の大きな道具立てが、阪神タイガース。 江夏豊の大ファンだった博士。 というか、彼の記憶は若いときのままにとどまっているから、江夏は彼にとっていまだ現役の選手なんです。 野球少年の息子と彼の対話もちぐはぐながら、成り立っていて微笑ましいです。 そしてクライマックスの野球観戦も、嬉しくなる展開です。 全体に静謐な印象の小説でした。 広い世界から隔絶された閉じられた空間、というものも感じます。 それだけに人と人との関係が深まる、という感じ。 最後まで博士は、彼を愛する人々に囲まれて、暮らしていく。 しかし、やはり彼はそれを記憶に留めてはおけない。 それでも確かなすがすがしい暖かさに満ちていて、ささやかな幸福感が漂います。 どんな人生も肯定できる、そんな幸福感です。 これまでに読んだ小川洋子の小説は2冊ほど。 いずれも閉じられた静謐な世界が描かれながらも、それは人間の生理的嫌悪感をついたようなグロテスクな世界でもありました。 でも、そういう部分はこの小説には一切なくて、読後は胸の中はじんわりとやわらかく暖かなものでいっぱいになりました。 涙もぽろぽろ、止まりませんでした。 「博士の愛した数式」 著者:小川洋子 出版社:新潮社 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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