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カテゴリ:本
佐伯、50歳。
広告代理店営業部長。 妻と二人暮らし。 1人暮らしの24歳の娘は、恋人との間に子供ができ、結婚が決まった。 若い頃に熱中した陶芸を最近また始めた。 そんな普通の男性である主人公は、ある日体の不調を覚えて、病院で診察を受けます。 そこで告げられた病名に、彼は驚愕します。 「若年性アルツハイマー病」。 脳内の情報の担い手となる神経伝達物質を作る神経細胞が破壊され、脳が萎縮する病気です。 顕著な症例は、記憶障害。 人が生まれて徐々に蓄積していったもの(記憶)を、逆の順に失っていくようです。 (子供に戻っていくような印象がありますよね) だから、しまいには何かをやろうという気持ちすら忘れてしまう。 自分のことが何もできなくなってしまうわけです。 老年性の痴呆と違って、若年性のものは進行が早いと言われています。 本書は、主人公・佐伯が病名を告げられ、そして確実に症状が進行していく様子が描かれます。 佐伯の1人称で描かれているので、自分の物忘れのために自分の認識と他者の認識の違いに愕然とする様子、進行する病気に対する恐怖が、読み手にもダイレクトに伝わります。 丹念な生活エピソードの積み重ねで描かれているので、まるでノンフィクション手記でも読んでいる気分にもなります。 また人間関係の描写も丁寧なので、それが失われつつある主人公のあせりや無念さがわかります。 たとえば、社内の自分の居場所を失くさないために、自分の病気が周囲にばれないように、自分なりに全方位に注意を張り巡らせるあたり、読んでいる方も緊張します。 主人公が何かポカしているんじゃないかと、ハラハラしながら見守る気分です。 彼の妻の献身的姿にも、人妻の身としては迫るものを感じます。 病気に慄く主人公の生活を描いただけの小説なのに、かなりスリリングです。 病気が進行していく様子は1人称の文体にも現れてきます。 戦々恐々としてた彼の「手記」が、だんだん緊張感のないものになっていく。 これこそ、病気の症状なんでしょう。 そういう細かい変化のリアルな描写が上手いです。 最後のシーンは、とても美しく切ないです。 ため息と共に、胸が詰まる思いがしました。 「明日の記憶」 著者:荻原浩 出版社:光文社 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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