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カテゴリ:本
生涯1度の、そして生涯続く狂おしいほどの恋が、耽美的に描かれています。 40台半ばの娘が、母・香子の3回忌に、母の手記を手に入れます。 誰に見せるつもりもなく、自分の気持ちの整理のために書いた手記。 そこには、母の老年期においてもなおも忘れられないかつての恋が、赤裸々に描かれていたのです。 時は、昭和27年。 美しき人妻・香子30歳。 元華族の裕福な家に嫁いで数年、とくに不満もなく平和に暮らしてます。 そんな彼女が恋します。 彼女の恋の相手は、3歳年下の美青年・青爾。 ひと目会ったその瞬間に互いに恋におちてしまうのです。 彼は夫の従兄弟であり、その上に、彼女の妹の婚約者でもあります。 つまり、かなり人の道に外れてます。 不倫の王道といってもいいような、がんじがらめの逃げ様もない関係です。 精力的に会社経営に勤しむ、社交的でバランスのとれた実務家である夫。 それに対し、親からの莫大な資産を受け継ぐ彼は、芸術を愛する貴族趣味の高等遊民といった正反対のタイプ。 あまり社会的生活に興味なく、親から継いだ事業もかなり人任せで、郊外の広大な邸宅にて美しいものに囲まれて暮らしてます。 おまけに長身の切れ長な瞳の美しい青年とくれば、まるでお城の王子様。 読んでいて、私の中では、彼はニコラス・ツェー(映画「プロミス」にご出演の香港スター)のイメージでした。 夫はともかく、実の妹に対して裏切りを働いてしまうことに逡巡する香子。 それに対し、世間的なしがらみに頓着しない青爾は執拗にかつ確信的に彼女に迫ります。 これがその気のない相手ならストーカーだけど、何しろ相手は「ニコラス・ツェー」。 彼にさんざん揺さぶられ、彼女もとうとう自分の気持ちをごまかせなくなって、恋に身を投じてしまいます。 一度決意してしまったら、恋は燃え上がります。 夫にも不満はないけど、妹もすごく愛しているけど、それでも恋してしまうのよ、というところですか。 結局のところ、自分の大切な人を裏切っているという罪悪感すら、恋のエッセンスになってしまっているわけです。 やっぱり、「不倫は蜜の味」なのか? そういう意味では、男のほうが何も悩まずに恋そのものに身をゆだねてるだけに純粋といえます。 とりあえず、彼と妹が結婚するまで、という期限を設けて逢瀬を重ねる2人でありました。 ……というところまでが前半。 ストーリーとしては、回想の形をとっているわけだし、はじめから着地点は予想つきます。 そもそも、その手の恋がハッピーエンドに終わるわけもなく、破滅を迎えるだろうことは、誰が読んでも容易に想像できることと思います。 (でも、思ったわりには、「大火事」にはならないです) つまり、この小説は物語展開を楽しむものではないわけです。 恋に狂う人妻体験を、擬似的に楽しむというのが、この小説の正しい読み方であります。 (と、言い切っていいものやら) お金持ちの美男美女の、人目をはばかる恋。 それもかなり現実逃避的な夢のような耽美的恋であります。 まるで、日々淡々と日常を送る主婦の、憧れのような設定ではありませんか。 「燃えるような恋をしたいわ」なんて日頃思っていても、なかなか現実にはね、という方にはうってつけ。 非現実的な燃えるような恋をするには、それなりの場所や空間が必要じゃないの? という方も心配ありません。 ここでは、まさに浮世離れした舞台が用意されてます。 大金持ちで貴族趣味の青爾は、趣味が高じて、国分寺の広大な邸宅に西洋庭園を築いてしまうのです。 そこは、もはや日本ではなく、まるでバイエルンか、ベルサイユか? その庭で逢瀬を重ねる2人は、まさに王子様とお姫様、いやいやマリー・アントワネットとフェルゼンといってもいいかも。 (すみません、ちょっと宝塚趣味入ってます) 使用人たちの目が気になるけど、それ以外は余人の立ち入ることのない夢のような美しい相当に広い空間。 世間一般の不倫カップルの、待合(当時はラブホテルなんて言葉はない)の狭い部屋でのせせこましい密会とは違います。 だけど、恋するのは人妻だから、家庭生活だってあるわけだし~、という声にもきちんと答えてます。 主人公の人妻は、ちゃんと現実の家庭生活(新宿・下落合の自宅)と非現実の恋愛世界(国分寺の大庭園)と行ったり来たりしているのです。 周りにうそにうそを重ねて、家族をごまかし、家政婦に言いくるめ、ついでに自分自身にも言い訳し……その辺の暗躍も詳細に描かれてます。 その辺は、もう恋だけに生きてる王子とは違います。 彼は、物語が進むにつれ、どんどん現実社会と隔絶していきます。 恋にのめりこめばにめりこむほど、生活感を失っていく。 先々の展望すら見えなくなってしまう。 純粋な恋と生活は両立しないのかもしれません。 そういえば、「生活は食事、恋はおやつ」という言葉もあるし(by 一条ゆかり)。 とまあ、こうして書き出してしまうと、なんだか「昼メロ」?という感じもしなくはないのですが、実際に読むと文体が美しいので、そういう印象は薄いです。 非現実的な恋の物語とはいえ、人妻が逡巡し抵抗し、結局本心をごまかすことができずに、王子様に走ってしまう流れに、かなりドキドキさせられました。 その上、セックスシーンよりも、抱擁と接吻のプラトニックなラブシーンのほうがぐっときます。 それを、お風呂に浸かりながらという、1人閉じこもった状態で読んだだけに、入り込めました。 (こんなに茶化してしまったけど) 私にもそうとうに生活に「潤い」が欠けているのかも。 しかし、こんな母親の手記を読まされてしまった娘の立場は……。 小説は、手記の記述で終わっているので、それは想像するしかありません。 「狂王の庭 」 著者:小池真理子 出版社:角川書店 オリンピックの女子カーリングを見ながらだらだら書いていたので、かなり長くなってしまいました。 最後まで読んでくださったかた、ありがとうございます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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