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カテゴリ:本
猫の話ばかりを集めた22編。 メインは、昭和30年代に書かれた「ノラや」を中心とした連作です。 百間(「門構えに月」のケンの字が機種依存文字ということで載せられません。間でお許しを)先生のお宅に、いつの間にか住み着いた野良猫。 始めは通ってくる子猫に何気なくえさを与える程度だったのに、しだいに先生夫婦にとってかわいくてならない存在になっていきます。 そんな猫の様子を描いた「彼ハ猫デアル」(漱石の弟子だったからそんなタイトルがついたんでしょうね)。 そして、その続編「ノラや」。 ノラ(「野良猫」が由来の名前)が先生の家で成長していく様子が描かれますが、後半話が一転します。 ノラが、ある日外出したまま帰ってこなくなります。 心配で心配で、何も手につかず、ノラを思って文字通り泣く日々が始まります。 知人や近所の人を巻き込んで、ノラ探索の日々。 (といって、先生は高齢なので自身はあまり遠出しないのですが) しかしノラは帰ってきません。 朝日新聞に広告も出します。 しかしノラはかえってきません。 広告を見た人たちが、いろんな情報をもたらしますが、ノラはみつかりません。 役所にも問い合わせます。 近所に張り紙広告も出します。 新聞に折り込み広告も入れます。 いろんな人が猫に関する情報をもたらしますが、それをいちいち確認するもノラにぶちあたりません。 産経新聞の記事にも載ります。 NHKのラジオ放送にもノラのことが語られます。 警察にも捜索願を出します。 さらに新聞折込広告を作成します(3千部)。 近くの小学校にも張り紙広告を作ります。 それでもノラは見つからずに、先生夫婦は泣き暮らします。 仕事にも手につかず、原稿にもこうしてノラ探しについて書いてしまうわけです。 それがこの「ノラや」(小説新潮に掲載)。 それが許されるのも大先生ならでは。 「ノラや」の続編が「ノラやノラや」。 ノラ失踪して2か月までのことが描かれます。 原稿にはノラ帰還と書きたくて、その旨の広告さえ作成しているのにノラはまだ帰らず。 ノラ探しは続きます。 ノラについて情報が寄せられると、出かけていって(主に奥さんが)確認する日々。 時にはいたずらか、悪意のこもった電話すら入ることも。 折込広告はさらに刷られ、今度は外国人用にも英文広告も作成されます。 そのうち、先生のおうちにはノラによく似た迷い猫が顔を出すようになります(その猫は「クル」と呼ばれるようになります)。 ノラに似ているのにノラじゃない。 そのことが悲しみをさらに引き立てます。 さらにその続編「ノラに降る村しぐれ」。 ノラ失踪半年までのことが描かれます。 ノラの思い出に浸る先生。 「ノラや」も単行本化が決まります。 しかし、悲しくてノラのことを書いた原稿を校正する気にもなりません。 それが許されるのも大先生ならでは。 当然ノラ捜索は続いてます。 折込広告はさらに刷られ、警察をも巻き込んでノラに関する情報を求める日々であります。 一方、クル(正式名クルツ)は、いつの間にか内田家に住み着くようになります。 ノラの身代わりとしてではない。 クルはクルとして飼われていきますが、クルを見るにつけ、ノラとの違いを見出し、やはりノラを思って嘆く先生でありました。 またさらなる続編「ノラ未だ帰らず」。 ノラ失踪して1年が経ちます。 ノラは帰ってきません。 1年経っても、ノラを思い出すと涙がこぼれる先生でした。 そのほか、クルについて書かれる連作も収められてます。 やはりノラ同様、老夫婦にとってかけがえのない存在になるクル。 クルは失踪はしませんが、内田家に居ついて5年後に病死します。 その辺のくだりも、悲しいです。 また時をおいてから、ノラやクルについて思い出や、ちょっと常軌を逸したノラ捜索について振り返った作品も載ってます。 読み始めは、猫好きのための連作集なのか、と思ったのですが、読み進めるとちょっと違うようだと気付きました。 百間先生は、もともと猫好きではなかったようです。 (はじめのほうに収められている戦前の作品は、あまり猫に対する愛情は感じられません) しかし、思いかけず、猫を飼うことになり、思いかけず、彼らに愛情を注ぐことになった。 そういう巡り会わせを描いているんだなあと。 実際に、彼はこう書いてます。 ノラを失ってから、「実に深刻に猫のかわいさを知った」。 深刻に、という言葉に彼の痛々しい気持ちがこもってます。 しかし、彼は愛猫家ではないのです。 彼は、猫でなく、ノラとクルを愛したわけです。 クルを亡くしてからは、内田家に猫が飼われることはありませんでした。 その特別な愛情。 たかが猫、と笑えないです。 誰にとっても特別な存在があるように、読んでてその存在に照らし合わせてしまうのではないでしょうか。 「ノラや 」 著者:内田百間 出版社:筑摩書房(ちくま文庫) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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