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カテゴリ:小学生の頃
小学4年生の頃から、夏休みに、母は、
毎年必ず 浅草の国際劇場に連れて行ってくれた。 小月冴子、川路竜子が、スターだった。 少女歌劇は、全盛時代を迎えていた。 アトミックガールズ(ラインダンス)は、 タップダンスの靴を履いていたからか、靴の音がそろって響き、 めちゃくちゃかっこよかった。 自分は6年生ともなると、誕生会などに、いつもお遊戯を 振り付けして、小さい子に踊らせていた。 踊りの形はいくらでも頭の中に湧き上がって来た。 知らず知らず、少女歌劇の影響を受けたのだろう。 少女歌劇は、女性だけの世界という訳なのか、あまり芸術的な 評価を受けていない。(SKDも、宝塚もそうだ。) しかし、 大人になって、親孝行の為に、一度、夫の母と、自分の母を、 京都の有名な、<都をどり>に連れて行ったことがあった。 すると、舞妓さんや、半玉さんや、芸者さんたちの踊りは SKDや、宝塚とぜんぜん違っていた。 踊りながら客に流し目を送ったり、踊っている友と 目くばせしたり と、たらたら遊んでいる感じである。 そういう意味では、 SKDや、宝塚の舞台は背筋がぴりりんと伸びて根性が感じられ、 魂が入っていて、筋金入りであるように感じた。 SKDは、無くなったが、それ以来、宝塚を尊敬している。 ここ、25年観たことはないが… お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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