■電車でロレックスを拾ったら、正直者でいられますか?
今日はとあるトラディショナル・ブランドの会員セール初日。夫がネクタイが欲しいと言っているので、年に何度も無い夫孝行を思い立って、午前中はセールにあてる。朝も10時前から、電車で有楽町に向かう。有楽町線の麹町付近で、私の前に座っていた人が降りた。有楽町線は朝夕の通勤ラッシュ時以外、いつも空いている。この時間は、席はほぼ埋まっているが、ほかにその席を狙って立っている人も周りに居らず、代わって、私が座ることにする。席は車両の真ん中あたり、長い11人がけ座席の一番端。腰掛けようとして、目が留まる。何か、キラキラした金色の塊りが隅にある。私は目が悪く、それが何か良く見えないので、ちょっと屈んで見る。時計だった。丸まっているブレスをさりげなく見る。・・ええっ?これは、ロレックスでは?金無垢のロレックスかい?まじで?私は、少し前、仕事でロレックスを扱っていた。月数億にもなるロレックスを抱えて、来る日も来る日もロレックスの見比べやチェックなどをしていたこともある。頭が混乱する。ともかく、何事もなかったかのようにして、そのまま着席する。時計は尻で隠す。平静を装いながら、息を大きく吸う。周りを見る。何人かのビジネスマンと目が合う。気づかれたかな? ・・違うみたいだ。どこかにカメラがあって、写されていて・・というマスコミ関係のイタズラではないのかな?とも思い、車両のすみずみまで、何気なくチェックする。・・違うような気がする。時々目が合うビジネスマンは、時計を見たかな?・・たぶん、見てない。だんだん、胸がどきどきしてきた。どうしよう、これ。あのモデルなら150万円。あのモデルなら200万円超え。いや、ダイアモンドなんかが埋め込まれていた日には、すごいことになる。これがあれば!と、とっさに思う。カード払いのローンが、一挙に無くなる。この数日のうちに考えている商品仕入れ量が、倍増する。サイドビジネスも、本格的な仕入れができる。仕事環境もグレードアップさせられる。オークション、中古ブランドショップ。売るための具体的な手順と方法がどんどん思いつく。でも、なぜ、ここに?百万を超える代物をつける人が、ここで落とすか?うーん。・・やばい仕事をしている系なら、ありえる。天使と悪魔が、頭の中で爆発して駆け回りだす。これは、昨年末に嫌なストレス続きだった私への天からのビックサプライズではないか!?今年年初のおみくじでも、すべて順調に行く、うまい話がまとまる、と確かにあった!でもでも。私は金品は落とすことがあっても、拾って自分のものにしたことはかつてない。500円でも、1000円でも、道端に落ちていたら交番に躊躇無くあげてしまうし、この数年でいっても、数万円とカード類が入っている財布も、30万円入っているビジネスバックまるごともなぜか拾ってきたがきちんと警察に届けてきた。逆に。私は20代の頃、仕事中に年間10万程度ずつ金品を落とし続けてきた。財布が戻ってきたことは1割くらいか。当時、仕事で、公衆電話を日に10回ほどかけねばならなかったのだが、そういう慌しい生活のなかで、電話周りで財布やカード類を落とすということが頻繁にあったのだ。話はもどり。この歴史を汚してよいのか?と自問する。が。今回は、金策に苦労している時期であって、答えがすっぱり出てこない。過去、単純に落としてきた金額を足すと、100万くらいにはなるなあ、とかいう計算もする。これまでしてきた善行に対して、報われているとは言いがたい。ここらで、ひとつくらい挽回しても・・という気がしてくる。そうこうしているうちに。浮かんできたのは夫の顔。彼は、完全無欠の正義の人だ。私がこれを売り払ったと知ったら、恐ろしく咎めるだけでなく、信用をすっかりなくしてしまうだろう。ううう。。。これは、やっぱり、届けるか。そうだよな、そうだよな。正直なのは、私のとりえ、だ。そうこうしているうちに、有楽町。まだ、誰も気がついていないみたいだ。何食わぬ顔をして、尻の下の時計に手をやり、上手に包んで手にして立つ。こっそり持ち出したのは、やっぱりポケットにいれるため、・・では無くて、100万を超える金のロレックスを拾ったと知れたら、変なスリや悪い奴らに狙われると思ったから。だ。ええ、断じて。やましい気持ちなど・・きょろきょろしながら、電車を降りる。人ごみを抜けて、手のひらを見る。大振りのゴールド。心臓がドキドキしている。心の中では、でも、ちゃんと届けるつもりができている。前に、経費袋のままの数十万の札束と契約資料がごっそり入った保険会社員のビジネスバックを夜の街で拾ったことがあったが、そのときのことなども思い出す。あのときも、現金の山を見て、後ろ髪がひかれたのだが、やはりちゃんと届けて、関係者にたいそう感謝されたのだった。バーで泥酔して喧嘩したうえに、垣根にかばんを投げつけて帰ったらしい。厳重注意の顧客資料まで入っていたから、危なかったね。ほんと。んー。それはそうと。。でも、なんか軽い、な・・、この時計。品番何番のロレックスなんだろう?見ると。王冠マークではない。セイコーだよ。これ・・。同社製品のなかでは最高級のモデルではあったが、予測していたものとは、桁が違う。気が抜けてしまった。それまで言葉が頭の中を駆け巡っていたのに、ぽかーんとしてしまった。吹っ切れて、落ち着いてきた。お疲れ。わたし。改札口でさっさと駅員を探して、時計を彼に手渡して、すぐに去った。きっと。踏み絵だったのだ。これは。私は、踏んでないよね?・・?しかし、持ち主は喜ぶだろうなあ。時計って、無くしたら、凹むもんね。他の人なら、これがロレックスだとして、どうするんだろう。ちゃんと届けるのかな、やっぱり。