想い出は心の宝石箱に。。。

　再就職先で、最もつらく悲しかった事件は、​部下の自死​でした。

　社長は外部から新しい血を導入しようと、皇子を初めとして他社からの中途採用
　
　を、積極的に推進していました。

　当社の取引先郡山営業所長だった方が、中途入社してきました。彼は、内部の

　人間とは違う、キラリと光るものがありました。皇子も、​再教育対象中堅メンバー

　4人の一人​として目をつけ、当社の将来を担う人材として、期待していたのです。

　その彼が、ある日出社してこない。

　自宅に電話して確認すると、昨晩から帰宅しておらず、奥さまも大変心配されて

　いました。

　警察に捜索届を出したら、その日の夕方に連絡がありました。

　​猪苗代湖​の湖畔に当社の車が乗り捨てられていて、近くの森で​首つり自殺

​　している男の死体があると。奥さんに連絡し、支店の数名と現地へと向かったの

　です。

　現場の入口にはロープが、はりめぐらされていました。

　入り口で駐車すると、警官が

（　家族の方に見せるのには忍びないので、どなたか会社の方が確認の為に、

　　同行してくれませんか？　）

　みんな、一斉に皇子の顔を見るのです。

　なして、わてなんやねん・・・と、心の中では思いながら、鬱蒼と茂った

　森の中へ・・・

　太い樫の木に首吊り自殺した、男がぶら下がっていました。

　当社の制服を着ており、彼であることは間違いありません。​臨終の遺屍​しか

　これまで見たことのない皇子にとって、これはショックな光景でした。

　（　はい、間違いありません。　）

　本人確認を終え、混乱した複雑な気持ちの中で、皇子は合掌したのでした。

 　会津警察で自死なのか、事件性のあるものなのか、明け方まで​事情聴取​を

　全員が受けました。遺体引き取りの為、葬儀屋さんへの連絡を済ませ、誰もが

　無言で悲しみの中、郡山まで戻ったのでした。

　彼の奥様からは、自殺する理由がわからない。会社が何かプレッシャーを与え、

　それが死に至る原因ではないかと、恐ろしい剣幕で後日怒鳴り込みがあった

　のです。お姉さんという方も同行してきて、事の次第では​訴訟​も考えざるを

　えないと。

　皇子は、日々の仕事上で彼と直接的な接触がなかっただけに、何が原因であった

　のかさっぱりわかりません。同僚に聞いてまわっても、不満とか悩みをもっている

　ようには、見えなかったと。

　社長と相談の上、彼が担当していた現場を引き継ぐ者の選任を行い、また残された

​　遺族対策に皇子があたる事となりました。​

　
   新興住宅街の中に、瀟洒な一軒家がありました。

　ピン・ポーンと呼び鈴を押すと、まだ小さな男の二人が、出迎えにでてきました。

　初めの頃は、奥さまの会社に対する批判の聞き役に回りました。ただ、彼女が誤解

  している部分も多く、そこはきちんと事実説明を行った次第です。

  毎週訪問し、お線香をあげそして奥さまと話す。

 この繰り返しで当方の誠意がわかっていただけたのか、奥さまも彼の内面的な弱さ

  が、今回の原因であると納得されたようで、訴訟という最悪のケースは免れました。

  彼女が心配していたのは、多額の​住宅ローン返済​が残っていること。

​　法律的な知識のある皇子は、借り入れの際生命保険にも、強制的に加入させられて

　いるはず。これによって、完済となると思うけどと助言し、彼女から感謝された

　事を思い出しました。

 

　彼は入社してから他の社員同様、予算数値を与えられ、これがなかなか思う

   ように、進んではいませんでした。取引先の拠点長だっただけに、そのプライドも

   あって焦りと自己嫌悪から突発的に、自死の結論を選んだのかもしれません。

　もし、正常な思考方法をとれる状態であれば、のこされる奥様と幼い子供達の事を

　考えるはずです。自分だけがその悩みから解放される、安易な自死を選ぶはずが

　ありません。要するに、そこまで考える心の余裕がないほど、精神的に追い詰め

   られていたのでしょう。

  自殺に至る原因は、三人に二人が心身の健康問題で、生活苦や借金などの経済的な
 
  問題が、五人に一人となっているそうです。また、最近の傾向として、若年層の

   自殺が多いところに、特徴があると。

　自殺に至る経過は有職者・失業者で異なり、有職者は配置転換や転職 がきっかけに

   なるのが多いと言うことから、彼のケースもまさにこれに当てはまるのかもしれ

   ません。

　それにしても、なぜ、そのような悩みを、他人に打ち明ける事をしなかったのか？

　この事件の事を思うと、彼の死に顔が眼前に浮かんできて、いまでも暗澹たる

   思いにかられます。



　　  　　　＝＝つづく＝＝　　　　​​

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