どこまで許される?:遺伝子工学と未来の医療
正気に戻って(笑)、勉強のお話を。「Emerging Technology」の次回の授業のテーマはMedicine & Biogenetics(医療と遺伝子工学)技術の発展がいかに医療の進歩へ、そして我々の社会に影響を与えるかを考える。サブトピックは多数あるのだが、ここでは「Transplants(臓器移植)」と「Grown Organ(人工的に生成された臓器)」について書きたい。今でも危険なイメージのある臓器移植であるが、アメリカにおいてその成功率は90%にまで達しているという。年間の移植手術件数を例にとれば、角膜5万件、肝臓3千件、腎臓1万件、心臓3千件を数えるという。臓器移植という革新的な考えとそれを可能にする技術が、これまでは絶望視されていた多くの患者を救ってきたのだと言うことができる。一方で、臓器の移植を必要とする患者にドナーが現れないという状態、いわゆる「臓器不足」も深刻化している。さらに、高額な手術費用、他者の臓器を自己に組み込むことにより発生する生体の拒絶反応、そして移植された臓器の寿命の短さといった問題点も指摘されている。ではもし、自分の細胞から臓器を作り出すことができたらどうだろうか?費用に関しては現時点では何とも言えないが、ドナーを待つ必要がなくなり臓器不足が解消され、自らの細胞を用いることにより拒絶反応の心配がなくなるのだ。遺伝子工学と基幹細胞研究の発展により生まれた次なる可能性がこの「Grown Organs」である。臓器のクローンと言ってもよいかもしれない。現時点の技術で、基幹細胞からあごの骨、鼻、耳の「再生」と本人への移植が成功しており、肝臓、胸、心臓、指などが開発段階にあるという。(New Scientist誌, 8/27/2004)メジャービジネス誌もその動向に注目している。『基幹細胞は臓器を再生するための魔法の種である』(Fortune誌, 6/11/2001)『10年から20年後までには真の意味での「Body Shop」が顧客に臓器を提供するだろう』(Business Week誌, 6/27/1998)『ハーバードとMITの各大学の細胞組織工学の研究者達は人工臓器の潜在的な市場規模を年間8兆円になると試算している』(Newsweek誌, 2/12/2001)もちろん、技術面や倫理的な観点から反対の声も多数ある。部分(臓器)のクローンは全体(人間)のクローンにつながるであろう。我々人間がどこまで生の始期と終期に関わってよいのか。世論の声を反映してか、二期目をスタートしたブッシュ政権はヒト基幹細胞の研究に反対をしているし、アメリカ議会でも基幹細胞を用いた臓器の生成を犯罪として罰則を与える動きが見られている。さらに、NIH(アメリカ国立衛生研究所)の神経科学者によれば、「基幹細胞は成熟細胞に比べ、よりガンになりやすい」という欠点も指摘されている。(Fortune, 6/11/2001)世界中には臓器移植を待っている患者が約15万人いるという。そして「臓器不足」として表される臓器要望者と提供者の数のギャップは年々広がるばかりということである。技術の進歩(臓器移植技術)によって生じた新たな困難(臓器不足、拒絶反応等)に答える新たな技術はクローン技術なのだろうか。大学時代に刑事政策と医事刑法を専攻し、当時施行されて間もなかった「臓器移植法」について学んだことがあった。臓器移植法はドナーの承諾の在り方や、脳死を人の死と認めるかなど多くの議論を内在した法律である。私は勉強を通して臓器移植の意義と必要性を理解し、学生当時に記入した「臓器提供意思表示カード」を現在も携行している。クローン技術は新たな可能性と課題を我々に投げかけている。世論を形成する我々自身が考えねばならない問題であると考えさせられた。