全編通して人物描写にブレはなかったと思っている。
それぞれに行動原理がはっきりしており、心情の動きも変化も言動も整合性のあるものだった。
だから人物編に切り替わっても、物語が大きく破綻することはなかったのだと思う。
【三島花について】
マルチ商法で膨大な被害者を出し、自殺者まで多数生んだ幸福の会主催、柏原聖天の娘。マスコミに追い回され、そのショックで失声症となる。
父親の犯罪が発覚して以降、彼女は完全に居場所を失った。
まだ小さな子供(小学生)である少女の安住の地たるべき家庭も家族もなく、学校ではクラス全員から苛められる。誰もかばってくれるものはない。頼る人もない。
いったん大手を振って叩ける対象を見つけたときの大衆の陰湿さ醜悪さは想像に難くない。
自分が直接かかわったわけでもなく、害を被ったわけでもなくても、(いや、直接かかわりないからこそ)正論を振りかざし、正義の味方になったつもりで嬉々として対象を糾弾する。
特に匿名の場ではその傾向が顕著だ。
或いは自分も身元をはっきりさせずに投函するはがき、手紙、いやがらせの電話。
三島花は絶好のターゲットだった。
親戚の許に身を寄せるも、再びマスコミに嗅ぎつけられ取り囲まれる。
親戚もいい迷惑だっただろう。自宅の前で取材攻勢である。おそらくは厄介な娘として、花は肩身の狭い思をしていたに違いない。
福祉課の職員の台詞からもそれはしのばれる。
周り中から非難の対象になり誰一人味方がいなかった花。
そんなとき、たまたま通りかかり、ランドセルを取ってくれた優しいお兄さん。
お兄さんは泣いている自分を慰め、ハンカチを差し出してくれた。
優しい優しい顔で、頭をなでて、「元気出して」と励ましてくれた。
記憶に焼きつくよなあ。好きになるよなあ。
そのお兄さんが差し出してくれたハンカチが、それからずっと続く過酷な状況の中で、彼女の唯一の光となり支えとなっただろうことは想像に難くない。
だから。
ビトに再会できたとき、本当にうれしかっただろうなと思う。
花にはビトしかいないのだ。
花もまた、あまり自分に価値をおいて自分を大切にする人間ではない。そんな風に描かれていると思う。
彼女にとっての優先順位1位は「ビト」なのだ。2位も3位も「ビト」である。
ビトのためなら花は自分の身がどうなろうと構わない。
数々の大胆な行動はすべてビトに起因する。
彼女があれだけビトにアプローチをかけ、好きだと意思表示を続けたのは、自分が好かれるためではない。ビトに振り向いてもらうためではない、と思う。
彼女にとって自分を好きになってもらうというのは二次的な問題で、結構どうでもよかったのではないか。
彼女が望んだのは、ただひたすら、「ビトの笑顔」だったのだと思う。
ビトもまた、心に傷を負う青年であることに、出会いから彼女は気づいている。
警官に職務質問を受け、傷つきながら笑顔で強がって見せる姿をみたときから。
同じ魂を持つ者が最も欲しているものを花は熟知している。
それは、あなたを好きな人がいる、ということ。
あなたの存在は誰かにとってかけがえのないものだという実感だ。
たぶん花は、それをビトに感じさせたかったのではないかと思う。
だからあれだけしつこいほど「あなたが好き」をアピールし続けたのではないだろうか。
そして花自身のビトへの想いも、憧れ混じりの「好き」から徐々に変化してゆく。
ビトが笑ってくれる。
それは逆にいえば、ビトにとって花はかけがえのない存在だという証だ。
ビトがほほ笑むことで花もまた、乾いた心を癒されたのではないだろうか。
互いが互いにとって不可欠な存在であることを、数々の不運が否が応でも実感させていく。
恋人、という言葉よりももっと寄り添って同化していく二人。
あの逃避行は完全なる精神の合一を象徴するものだったように思う。それこそプラトニックなセックスとでも表現したくなるような。
ずっと固く結ばれた手。
たぶん花はあの逃避行の間、幸せだったような気がする。
状況が逼迫しているのは分かっている。ビトに明日がないのも分かっている。
でもビトとずっと一つでいられる幸福。
彼女の視界には林は入らない。ビトしかいない。だから「ありがとう、守ってくれて」と彼に伝える。ビトの心を支え、ビトを安心させることしか彼女の頭にはないからだ。
それを不謹慎だと責めることもできないわけではないけれど、花という人物なら当然とる行動だと思える。実に整合性があるのだ。
ビトが死刑になってからもそうだ。
死刑判決を受けた直後、「ビトが死刑になったのは自分のせいだ」と自分を責めながらも、花はビトにその後悔を決して見せない。
ビトを安心させるために笑い、そして励ます。痛々しいくらいに輝く美しい笑顔。
最後の面会の場面で、声が出るようになったのも必然である。
公判のときはビトを守るためだった。検察のでっち上げに腹立たしさが爆発し、何としても彼の誤解を晴らしたい想いが迸った。
面会の時は、ビトのため、だけではない。
花は、初めて自分のために、自分の思いの丈を相手にぶつけようとした。
これが最後だから。伝えなければ永遠に後悔する。
ビトは彼女の存在意義そのものだった。
それが失われることは、自分自身を喪うことに等しかっただろう。
もし死刑が執行され、ビトがいなくなったら。
果たして花はどうしていただろう。1999年、ビトが東京に行く前、16くらいの時に出会ってるのである。2015年ならざっと16年間、ビトだけを見つめてビトだけを支えに生きてきたのだ。
おいそれと他に心を移せないだろう。ずっと寡婦で居続ける可能性高いよな。
それは余談だけれど、最終的にさらに3年加えて19年間、花はビトを待ち続けたことになる。
何という強靭な愛だろう。
花の心は変わらない。
ビトの心も変わらない。
きっとこの二人は、心身共に固く結ばれた、離れがたい分かち難い夫婦になる。
そしてきっとこれからも、どんな困難も二人で乗り越えていくだろう。
そう思わせる人物でした。三島花。
最後は人物観でも何でもなくなりましたが(笑)
強くて優しくて一途ないい子です。新垣さんの透明感あふれるきれいな演技がぴたりとはまっていたと思います。