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カテゴリ:食事
いにしえより、食い物の恨みは怖ろしいという。
指導者と受講生との確執はいつの世にも絶えないが、引導を渡すのは決まって食い物の恨みである。 予備知識のない人のためにわかりやすく言うと、ぼくの主宰する講座では毎年、2泊3日のスクーリングをやっている。数年前、金沢で開催したときのことだ。 夕食会の幹事もぼくがすることになった。ぼくは基本的に自分がまだ行ったことのない店で、こういう集まりをもつことはしない。数ヵ月前に下見をすませ、できるだけ少ない予算で金沢のおいしいものを食べてもらおうと考えていた。 結局、集まったのは13人。3つのテーブルに分かれることになった。こういうとき、はじめて店に入った人たちはメニューを見せられても、すぐには判断ができない。そこで、まずは比較的だれでも食べれそうなものを注文しておいて、食事が進み、話が進むうちに、それぞれが食べたいものを追加していくというのが定石である。ぼく自身としては、いかの沖漬けやこのわたなども、好物だという人にはぜひ勧めようと思っていた。ただ、アルコールも入れて3500円の予算内に収めるのが、幹事としての自分に課した条件だった。 まずはそれぞれのテーブルに3品ずつ注文して、そこから始めようと思っていた。とりあえずは、刺身の盛り合わせと、ぶりの太巻きを頼んで、あともうひとつ何にしようかと考えていると、そこにいた黒一点が「先生、言っていってですか」と言った。いいですかと言われてダメとは言えない。反射的に「はい」と答えると、すかさず「牛タン」という声が返ってきた。金沢ならではものを食べてもらおうと思っているところ、意表をつかれた感はあるが、「いい」と言ったかぎり、「それはやめろ」とは言えない。咄嗟の判断では、「そういうものは、あとで個人的に注文してください」ということばは出てこなかった。 ちょうどそのとき、ぼくの手元にメニューがなかったのも、ぼくが適切な判断を下せなかった大きな要因でもある。海のものがけっこう安い店だったので、牛タンなんてせいぜい800円くらいのものだと思っていた。ところが何とそれが1500円もするものであることがわかったのは、注文が通ってしまってからだった。それが各テーブルにひとつずつ。全部で3皿。これは予算にも大きく食い込んでくる。 あとで聞いたところでは、別のテーブルにいた妻も、その時に「えっ、何で」と思ったそうだが、あの時の空気ではとても止めることができなかったという。 そのあとも、みなの様子を見ながら、好みのものを聞いて、予算と相談しながら、それぞれのテーブルに金沢の珍味を届けようと奮闘した。ところが、やはり牛タンのために削られてしまった予算がいかにも痛く、値段の割に量の少ないものはあきらめざるをえなかった。 どのテーブルにも、牛タンだけが、嫌われ印のように何枚も残っていた。ぼく自身も、残すのはもったいないと思って少しは箸をつけてみたが、別にほしくもないものを何人分も食べるのはいかにもばかばかしい。保存のきく燻製もので、どう考えてもそれだけは魚の苦手な人のために特別に置いているという類のものだった。 こうして、ぼくと妻には、あるトラウマが残った。 焼肉を食べに行くとたいていは、自分たちが非肉三点セットと呼んでいるものを注文する。こころ、レバー、タンの3つだ。二人とも、牛タンはけっこう好物だった。それでも、時と場所というものがある。 あれ以来、二人とも牛タンを注文しなくなった。 「そろそろ、食べてもいいかという気になってきた」、「私も」 そんな会話を交わすまで半年もかかった。 あれから3年、まもなく仙台に出発する。 仙台に着いたら、真っ先に食べたいものがある。 もちろん、名物の牛タンである。 ←ランキングに登録しています。クリックおねがいします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年12月01日 00時27分03秒
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