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カテゴリ:陸上
 適量のビールを飲みながらフルコースの昼食を取れば、夕方のレースは後半ペースが落ちず、どちらかと言えば後半型のレースができる。


 最初は2002年イタリア、リッチョーネ、2回目が今年3月のオーストリア、リンツ。

 十分な練習ができて臨んだリッチョーネで神話が生まれた。かろうじて間に合わせたリンツでも、神話は健在だった。

 だが、今度ばかりは条件がちがう。かろうじてどころか、間に合わせすらできていない。

 子どもの頃にかかった水疱瘡のウイルスが体のどこかで生きていて、それがこんな歳になってから息を吹き返すのだそうだ。それがヘルペスというやつで、左膝から太ももにかけて強く引っ張られるような痛みがあったので、てっきり練習の疲れが出たのだと思っていた。

 二日後、太ももから膝の裏側にかけて、一面の発疹、どこも水疱ができている。

 これこそが、これまでに経験したことのない筋肉痛の正体だった。


 夜眠れないほど痛い。当然、練習なんかあったものではない。

 昨年は貧血のため、出雲であった中国マスターズの5000メートル(競歩ではなく競走)を800メートルで棄権している。その貧血も回復してようやく練習ができるようになり、これから練習量を増やしていこうとした矢先だった。

 またもや、中国マスターズを1ヵ月後に控えた時期で、昨年は競歩が実施されなかったので、今年は期するものがあった。しかも、これまでオープン参加してきた中国マスターズだが、今年からは岡山県登録に切り換えたため、正式参加となる最初の年になる。

 それなのに、大会を1ヵ月後に控えて、みすみす何もしないまま過ごさなければならない。ただ参加するためだけに鳥取に行くことになる。いやむしろ、いっそのこと、観光目的で行くのだと言い聞かせた方が気が楽になる。こんなことを書くと、お前はいつもそうじゃないかと言われそうだ。

 当然、昼食を選ぶのにレースのことはまったく考えなくてよい。前の夜は今まで見たことのないほど大きな生牡蠣にありついたから、昼に多くは望まない。

 それでも「イタリアン」は絶対にイヤ。その辺の喫茶店の軽食と変わらないようなスパゲッティは舌と胃袋が許さない。
 
 街を歩いていると、イタリアの文字が目に入った。果たしてそこは単なる「イタリアン」か、それとも本格的なイタリア料理店か。

 鳥取にイタリア料理の店というのも、ちょっとひっかかる。でも、もしも本格的にイタリア料理を学んできた人が、鳥取の海の幸に目をつけてこの店を開いたのだとしたら、これは食べてみる価値はある。

 予想は的中した。ペスカトーレとリゾットを注文した。イタリア料理と言ったって、結局は地元で採れるものをいかに生かすかが大事なことで、本場イタリアでも内陸部と海岸沿いとでは当然料理もちがう。これなら、アドリア海の沿岸で食べるものに比べて遜色はない。フルコースと言えるものではないが、これを二人で分ければ、昼としては申し分のない量になる。

 当然、昼としてはやや多めの中ジョッキ2杯のビール。

 練習ができていないということは、レースのことを何も心配しなくていいということだ。初めからダメだとわかっていることが、これほど気の休まるものであることを、今さらながらに実感した。ぼくのような者でもそうなのだから、一線級の選手たちのプレッシャーというのは、さぞかし大変だろう。


 さて、前年にオリンピックの選考会をやっただけあって、素晴らしい競技場だ。せっかくここまで来て、力を出せないのは残念だが、レース前にこれだけゆったりした気分でいられるのも、考えようによっては悪くない。

 同じクラスの選手に負けるのはいいとして、年齢が上のクラスの選手にも置いていかれるのは覚悟しないといけない。いくら1ヵ月何もしていないからと言っても、キロ7分では歩けるだろう。すると、5000メートルは35分、ちょっとかっこ悪いけど、仕方ないか。

 レースは先頭集団と、後ろの集団に真っ二つに分かれ、ばくはそのちょうど真ん中に一人取り残されてしまった。練習ができているときなら、いちばんやってはいけないことだ。もとより戦意などまるでなく、400メートルが2分17秒で通過。ゆったりと歩いているわりには、一応30分のペースを上回っている。例年になく涼しいのが効を奏しているらしい。

 3000メートル、18分6秒。ついに30分ペースを超えてしまった。きつくはないが、後半とてもペースを上げることができるような状態ではない。もともと、35分を覚悟していたのだから、30分台で入れば御の字、後半さらにペースが落ちて31分台ということになっても、だれにも怒られはしまい。

 4000メートルでも、30分ペースを6秒ほど超えている。最初は非常に楽な気持ちで出発したものの、ほぼ30分に近いペースがいつまでも落ちないので、欲が出てきたのはいいけれど、これでは29分台にはまず届かない。

 ところが、あと1周になって事件が起こった。こちらは最後の周回だと思っているのに、周回係が指を立てて合図を出してきた。くそ、わずかこれだけの人数で周回をまちがえるなんてけしからん。怒り心頭に達す。いや、発す。正式抗議には1万円をまず払わねばならない。練習ができている時ならともかく、こんな記録で抗議しても意味がないが、ずさんな運営をそのままにしておくわけにはいかない。

 最後に1周はそれこそ、苦しいのも忘れて、憤懣やるかたない思いのまま、がむしゃらに手足を動かした。
 すると、あと100メートルを切ったところで、まだ29分30秒を過ぎていない。これなら、29分台で入れる。もっとも、そこであと1周行けと言われるだろうが、その時は大枚をはたいて何としても抗議する。

 ところが、そのあとが実にあっけなかった。審判がゴールの合図を出し、ぼくは何事もなかったかのように、決勝審判に迎えられた。


 何ことはない。審判があと2周の合図をしたとぼくが勘違いしていただけのことだった。

 けれども、そのおかげで、よもやと思われた30分を切ってしまった。29分51秒81、まさか最後の1周でここまでペースが上がるとは思っていなかった。

 最後にペースが上がったのは確かに、怒りまくったからにちがいない。しかし、そこまで行くための下地をつくってくれたのは、昼のペスカトーレとリゾット、それにほかでもない。今やゆるぎない神話となったビールである。


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最終更新日  2006年11月19日 23時08分09秒
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