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売り場に学ぼう by 太田伸之

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Nobuyuki Ota

Nobuyuki Ota

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2024.08.10
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カテゴリ:ファッション
前職官民ファンド社長に就任したとき、たくさんのメディアの取材を受けました。このとき所管官庁の経済産業省記者クラブ関係の記者さんたちよりも取材が多かったのは、それまで勤務していた松屋の広報を通じてのインタビュー。当時広報課長だった矢吹直子さん(現部長)の人脈で新聞の「顔」欄や会社発足当日のテレビニュースなど取材は目一杯でした。

会社設立の準備に関わったお役人が「矢吹さんを広報担当にスカウトできませんか」と言うくらい彼女のネットワークで大きく取り上げてもらいましたが、松屋にとっても貴重な戦力、「スカウトは絶対にできない」とお役人には諦めてもらいました。

ちょうどその頃、矢吹ネットワークで「マスコミ女子会」なるものが始まりました。新聞記者やブランド広報担当者など数人の女性たちと私が一緒にテーブルを囲む会。昨日久しぶりにその女子会が開催されました。幹事役の矢吹さんは夏風邪で直前キャンセル、もう一人の新聞記者は出張先から遅れて駆けつけるはずでしたが、夕刻神奈川県で発生した地震で新幹線がストップ、結局2時間も新幹線に閉じ込められて欠席となりました。


須藤玲子さん


松屋銀座8階NUNO

今回初めてゲストに招いたのはテキスタイルデザイナー須藤玲子さん。松屋銀座7階「布」ショップでも長年お世話になっており、私にとっては毎日ファッション大賞選考委員会の仲間、今秋中国から来るアパレル経営者研修団に向けてセミナーをお願いしている方でもあります。

会食の冒頭、須藤さんに「太田さん、素敵なシャツですね」と数年前に買って着古した綿シャツをほめていただきました。松屋5階に売り場がある「Re:made in tokyo japan」、縫製工場出身の若者たちが良質素材を使って他社より安く日本製アパレル商品を提供しようと立ち上げたファクトリー系ブランドです。たまたま以前私が社長をしていた会社の優秀なショップ店長だった女性が子育てを終えて社会復帰した会社がここなので目をかけています。

私はスーツに合わせるシャツだけは全て個人的オーダーメイドですが、カジュアルシャツはこの日本製をうたうブランドのものを愛用しています。昨日の濃紺シャツはもう3年ほど経過しているので生地は少しくたびれ、色落ちしていますが、シャツの素材の良さを見抜くとはさすが専門家。テキスタイルデザインの第一人者からほめられたぞと元部下に報告せねば。

女子会で話がはずむうち、須藤さんが意外な会社の名前をあげました。スポーツウエアのゴールドウィンには格別の思いがある、と。前職投資ファンドが出資している山形県の「スパイバー」を早くから取り上げ商品化している企業がゴールドウィンですが、須藤さんの思いの原点はなんと1964年東京オリンピック女子バレーボール金メダルの「東洋の魔女」(二チボー貝塚バレーボール部)。須藤さんは東洋の魔女に憧れ、中学生時代部活にバレーボール部を選んだとか。その東洋の魔女たちがオリンピックで着用していたのがゴールドウィン製造のユニホームでした。


1964年東京オリンピック女子バレーボール決勝戦


表彰式の東洋の魔女たち

東洋の魔女の必殺技は回転レシーブ、相手からの強烈な攻撃をコートの上を転がりながら受け止めるんですが、化学繊維のユニホームだとコートとの摩擦で熱くなるためわざわざコットンを使用していたそうです。彼女たちが所属する会社ニチボー(現ユニチカ)は紡績会社、回転レシーブしても摩擦に耐えうる丈夫なコットン糸を製造するのはお手のものだったかもしれません。テキスタイルデザインの第一人者から東洋の魔女とゴールドウィンへの熱き思いを聞くとはちょっと意外でした。

投資ファンドにはいろんな方が相談にいらっしゃいます。海外ビジネス展開を計画する日本企業もあれば、日本の生活文化産業やコンテンツ産業を自国で展開したいという海外の方もいらっしゃいます。お客様をお迎えする接客スペースだけは日本の優れものを並べようと、ロールカーテンやソファクッションなどは須藤さんデザインの意匠性のあるものでした。ニューヨークの近代美術館に永久保存されているテキスタイルデザイナーがデザインした布をさり気なく見せる、クールジャパン戦略を標榜する会社としてこれくらいは訴求せねばという思いでした。

須藤玲子さんは桐生市を世界的なテキスタイル産地として広めた新井淳一さんの流れをくむデザイナー。1980年代初頭、世界の多くのファッションブランドが新井さんがつくるテキスタイルに関心を持ち、桐生をはじめ新潟の亀田、兵庫の西脇、愛知の一宮などを訪れて俄かに日本製生地ブームが起こりました。そして1984年、六本木AXIS地下にNUNOショップがオープン、ここに行けば全国の伝統的繊維産地の技術を組み合わせた独創的なテキスタイルをたくさん見れるようになりました。

先駆者として道を拓かねばならなかった新井さんを表現するなら「動の人」、ちょっと余計なことを発言してファッションデザイナーたちとひと悶着あったとも聞いていますが、須藤さんは周囲の職人さんたちをうまくつなぎ合わせる「静の人」、ご自身のちょっとしたアイディアを彼らに伝え、これまでの技術を活かしながらありそうでなかったものを生み出すクリエイター。彼女が生み出すテキスタイルにはその優しい人柄がよく表れています。


須藤玲子:Making NUNO Textile@丸亀市猪熊弦一郎美術館

須藤さんは国内外でテキスタイル展覧会に参加していますが、私も昨年は金沢市の「ポケモンX工芸展ー美とわざの大発見ー」と丸亀市「須藤玲子:Making NUNO Textile」を見るために出かけました。特に後者の展覧会はものづくりのプロセスがよくわかり、見学者を感動させる内容でした。丸亀のあと今年は水戸芸術館現代ギャラリーでも開催されたので、彼女のデザインとものづくりを体感なさった方は大勢いるでしょう。

私は昨秋から中国ファッションビジネスの経営者たちに何度もセミナーをさせてもらっています。今秋には別の経営者研修団が来日しますが、彼らに日本のテキスタイルデザインの話を聞いてもらおうと須藤さんに講師をお願いしました。日本の布づくりは歴史ある伝統産業ですが、それをベースにいかに現代的なテキスタイルを生み出すか、ファッションデザインにおいてテキスタイルがいかに重要かを中国の経営者たちに伝え、中国製テキスタイルのアップグレードに役立ててもらうのが狙いです。

先日杭州でミナペルホネン皆川明さんのものづくり話に感動した中国の人々、皆川さんと須藤さんはどこか似た世界観がありますから、きっと喜んでくれるのではないでしょうか。いまから楽しみです。





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Last updated  2024.08.10 17:37:27
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