テーマ:障害児と生きる日常(4433)
カテゴリ:私が私らしく生きるために
今日は夫に休みをとってもらって自分のための時間。
大学院での指導を志望している教授の研究室で、院試の打ち合わせをした。 どのような研究をしたいか、という話からはじまったのだが、最後はマルクス経済にまで 話は及び、あっという間に1時間が過ぎてしまった。 今回は特に、考え方、アプローチ面で特に学ぶことが多かった。 私はずっと、大学院へ行こうと決めてからも、 自分が障碍児2人を育てながら社会福祉に手を出すことにためらいを感じていた。 何か、気恥ずかしいような…居心地の悪さのような…。 それは、子ども2人に障碍があることが恥ずかしい、とか、そんなことでは決してない。 例えて言えば…ジェンダーを研究している一部の人が、政治学会などで、 何か質問の度に、女性差別だ、ジェンダーの観点がない、と、いちいち発言するのを、 目にしたときの場の悪さを感じる…というか。 それが悪い、と言っているのではない。 私自身はそれを場違いのように感じているのに、自分がその主体になってしまうのでは… という居心地の悪さ…とでもいうのか。 そういう言葉にならないモヤモヤを教授は見通してくれていて、 それを一言で表してくれた。 『客観性』 物事にどこまで客観的に科学的にアプローチできるか。 その思考方法を学ぶために大学院の修士課程がある。 だから、今、思っていることは間違っていないし、それを胸に学べばいい、と。 そうか。 社会福祉の偉い誰かが言っていた、冷たい脳と熱い心。 他の人と違って熱い心は持っているのだから、あとは冷たい脳。 できるのだろうか。 こんなに対象と近くに接していて。 それにしても娘の授業を見ている1時間は、あんなにも長いのに、 自分のための1時間はなぜにもこんなに充実していて、飛ぶようにすぎていく。 こんな時間が自分にもまだ残っていた、なんて。 それが嬉しい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.05.02 08:09:40
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