蕎麦打ちに挑む(後篇)
蕎麦打ちに挑む(後篇) おいらの所作の作法は、「まず形より入る」である。 そう、道具である。どうやって打つかの前に、どういう道具を使うのかを知らなければならない。 それが初めて観るものばかりである(写真上)。 のし板。こね鉢(漆塗り)。ふるい。刷毛(はけ)。麺棒2本。麺切り包丁。こま板。 聞けばこれら全部を揃えるには数万円以上が必要である(ピンキリだそうだ)。こね鉢は最低でも1万円。麺切り包丁は2万円だという(実際にこの包丁で蕎麦を切ったが、切れ味は半端ない)。 形(ハード)から入ってもソフトがなければ無意味である。 だが、おいらに付いた師匠のNさんが出来物(できぶつ)であった。この道、10年。べらんめい調を喋る小料理屋の親父で、調理免許保持者である。トウシロウのおいらに手取り足取りで、山本五十六の教え(言ってみせ…)どおりにサポートしてくれたのである。 この師匠のおかげで、初心者のおいらも無事、蕎麦を打つことができた。 分かったこと。1.一番難しいのは、茹で。蕎麦を打ったばかりの生麺の茹で時間は1分(40秒でもよいくらい)。茹でたら、すぐに氷水にさらす。そうすることによって、腰が強くなる。2.皿に盛ったら、直ぐに食べる。そして、打った生麺は遅くとも当日中に食べる。翌日以降になるなら冷凍保存する。蕎麦は、鮮度が命。3.蕎麦粉は国産のものを使う。当日は福井産の蕎麦粉。市販の蕎麦(乾麺)は中国産などであり、また、混ぜ物があるので美味しくない。4.食べ方はまず蕎麦だけ食べ、次につゆに付けて食べる(蕎麦につゆをべったりとつけてはいけない)。薬味はつゆに入れずに直接、蕎麦にのせる(つゆにワサビなどを入れるのは厳禁。つゆの味を殺す)。5.蕎麦は、すする途中で噛み切らない。ただし、口に入れたものは噛んでもよい。 と、以上であり、これでおいらが蕎麦屋を開業できるかというと当然、無理である(おいらが最初に切った蕎麦は、きしめんのように広かった)。 旨い蕎麦を手打ちで出してくれる店を探すのが賢明である。池波正太郎もそうしたのである(池波が贔屓にした蕎麦屋では「神田まつや」が有名。神田連雀町と呼ばれていた界隈にある。現・神田須田町)。 神田連雀町まで、さて、足を伸ばしますか(この項終わり)。(付言) 落語では、蕎麦を食べるときにつゆをべったりとつけてはならないという。これは江戸時代のつゆの作り方が煮出し方であり、つゆが煮詰まっており少量のつゆで大丈夫だったから。なお、人間国宝の五代目柳屋小さんは、私生活ではつゆをたっぷりつけて蕎麦を食べていたそうだ。人間味があって、よろしい。