『姑獲鳥の夏』
■原題 『姑獲鳥の夏』 ■監督 実相寺 昭雄 ■原作 京極夏彦 ■キャスト 京極道(中禅寺秋彦):堤真一 関口巽:永瀬正敏 榎木津礼二郎:阿部寛 木場修太郎:宮迫博之 久遠寺涼子/梗子 原田知世 中禅寺敦子:田中麗奈 久遠寺菊乃:いしだあゆみ■ストーリー :★★★★☆ ■映像 :★★★★★■音楽 :★★★☆☆ ■総合評価 :★★★★☆-------------------------------■コメント■-------------------------------「この世には、不思議なことなど何もないのだよ、関口君」京極夏彦氏原作(デビュー作にしていきなり40万部を記録!)。戦後の混沌期の昭和を舞台に、扱うのが妖怪だったり怪奇現象だったりということ、そして京極氏の文章によって読者の頭の中にその独特な世界を作り上げてしまうことから、『映像化は無理』とされていたのですが、満を持しての映画化!-------------------------------■ストーリー■-------------------------------舞台は昭和27年の東京。売れない小説家、関口巽の元へ「20ヶ月も子供を身ごもり続けている女」の話がもたらされる。その女、久遠寺梗子の夫は突如「失踪」ではなく、文字通り自宅から「消失」したという。関口は古書店の店主である友人、中禅寺(京極堂)の元へ相談に出向く。京極道から妖怪「姑獲鳥(うぶめ)」の話を聞く関口。「姑獲鳥」は中国では「子供を攫う妖怪」として伝わっているが、日本では「子供を他人に預ける妖怪」という。「20ヶ月も子供を身ごもり続けている女」の話をするうちに、関口の倒錯した頭の中には妖怪「姑獲鳥」の姿が消えては現れる。京極堂は事件の解決のため、探偵である榎木津を連れて久遠寺家を訪れるように伝える。関口は渋々と「自称・探偵」である榎木津の「薔薇十字探偵社」を訪れる。事務所には榎木津はおらず、待っている間に久遠寺梗子の姉である涼子が「妹の夫の失踪の理由とどこにいるか?」をつきとめてほしいと依頼に来る。その涼子の美しさに息を呑む関口。戻ってきた榎木津が涼子を見て、初対面であるはずの関口と既に会っているだろうと言い出す。同じ頃、刑事である木場は殺人現場の捜査中。被害者の女性は薬物摂取により死亡。女の身辺を洗っているうちに、女は久遠寺医院の看護士であり、久遠寺医院には「生まれた赤子を死産と偽って親から取り上げる」噂があると聞き込む。バラバラなところで生じた事柄がひとつの事件として関口にのしかかっていく。あまりに不可思議な事象に妖怪の名を与え、妖怪を払うことによりその人に取り付いている「憑き物」を落とす「憑き物落とし」である京極堂が事件の終結に乗り出す。解説もパンフレットも公式サイトも見なくてもここまでストーリーがすらすら出てくるくらい大ファン。原作は本が自力で立つくらいのページ数なので、たいていは事件が始まる前に挫折してしまうのでは?まず冒頭で京極堂が「人間の脳の働きと記憶について」のうんちくを語ります。大半はここで脱落しているんだろうなー。当時にしてはとても科学的なことを言う反面、京極道は比類なき妖怪マニアであって「科学(脳と記憶)」と「伝承(妖怪話)」に読者はまず戸惑う。でも、この2つ後半の謎解き部分を理解させるための伏線になっているわけで、「ここを理解しないと後半が楽しめない」というこの小説の謎解きの鍵になっているわけです。ミステリー好きなんだけど、冒頭でギブアップしてしまった人にとって、2時間にダイジェストされたこの作品は「京極堂入門」として、よい機会になるでしょう。-------------------------------■ここが見どころ!■-------------------------------□視覚のマジック実相寺監督は特撮がとても凝っている監督として有名だそうな。確かに、いろんな人が映像化にチャレンジして挫折したこの作品。映像化するなんて並大抵の努力ではない。この映画、とてもゆがんでいます。尋常でない現象を映像化するために、わざとカメラアングルが斜めになっていたりする。非現実感がてんこもり。観てて酔う人が出てくるかも。京極堂がある坂「眩暈坂(めまいざか)」もどのように表現するかが楽しみでした。想像していたより短く、緩い勾配だったけど、一歩踏み出すごとに右に傾き、左に傾いているために「歩いていると平衡感覚を失って眩暈に襲われる」という坂を見事に表現していました。なんか、観てるこっちまで眩暈がしそう・・・。この坂は関口にとって京極堂への行き帰りに「姑獲鳥」の幻想に取り付かれる場所であり、ただでさえ非現実的な「姑獲鳥」という存在を観客に対して印象付ける大切な場所。姑獲鳥をどうやって映像化するんだろう?と思っていたんだけど、うまかったなぁ~。謎解き後の京極堂でのシーンでも視覚効果が使われていて、特に照明の使い方がうまかったです。まさに芸術品。□遊び心満載パンフレットに載っているので書いちゃいますが、これから見るという人はスルーしてください。京極ファン向け【小ネタバレ】京極堂に入り浸る軍服姿の男。役名は「片腕を無くした傷痍軍人」。なんと、演じているのは京極夏彦氏、ご本人!ところどころに出てきて京極堂演じる堤真一と姑獲鳥について妖怪談義なんてしちゃってる!原作者を前にうんちくを述べるシーンなんて、堤さんはやりにくかったでしょうねぇ~。さらに【小ネタバレ】第二弾ところどころ、水木氏の画風の紙芝居が事件の状況説明のために入るんだけど、親交があることを知っていたし、「妖怪のイメージを伝えるための友情出演的な作画提供なのかなぁ」と思ってました。「片腕を無くした傷痍軍人」とは?なんと、京極夏彦氏が敬愛する「水木しげる」先生だということです!確か戦時中に負傷して片腕を失って復員したんでしたね。事件解決後に紙芝居屋が「次の紙芝居は」と「墓場の鬼太郎」を出した時に通りがかった傷痍軍人がにやっと笑ったのは、こういうことだったんですね!あれは水木先生だったんですか!!!パンフレットには書いてなかったのでサプライズでした。エンドロールで京極氏の名前と役名「片腕を無くした傷痍軍人/水木しげる」と出てきたとき、場内がざわめきました。京極堂ファンならこの小ネタの面白さがわかったはず!-------------------------------■キャストについて■-------------------------------□京極堂(堤真一)について最初は原作のイメージとちょっと違うなぁ~。と思いました。イメージ的には、もうちょっと線が細くて色白で、神経質そうな人物。初めて原作を読んだ時のイメージは田辺誠一だったんですけどね。が、見ているとだんだん京極堂に見えてくる。これはこれでよいかも。堤さんにはぜひ「京極堂といったら堤真一」と言われるくらいのハマり役にして頂きたい。□関口巽について一番のミスキャストかと思ったのがこの役。どう考えたってスマートな永瀬正敏に関口役はできないだろ。かつ舌悪く、うだつのあがらない、自他ともに(というより自分が)認めるダメ人間。京極堂には言葉でやりこめられ、榎木津には「サル」だの「下僕」だの罵倒され。それが意外にも「関口」でした。しかもだんだんと彼の風貌を表した言葉「サル」に見えてくる・・・。もっとダメ人間ぶりを発揮してもらいたかったけど、映画という性格上、難しいんですかねぇ。もっと下向き加減で、もっと猫背で~。□木場修についてこれまた違う!?もっと背があって、もっと角ばった顔して、もっと鬼のような風貌の~と思ったんだけど。本人も頑張ったと言う「江戸っ子弁」もそれなりに良かったかな。今回、出番は少なかったのでもっと活躍していただきたい。□久遠寺涼子/梗子について二役+αという難役を演じれて、かつ、透明感があって「比類なき美人」。一番しっくりくるキャスティング。もっとおどろおどろしい梗子でもよかったぐらい。それにしてもアップで映っても美しい~。□榎木津礼二郎サマについて一番キャスティングが難しかったのは彼でしょう。陶器のように美しい顔立ちで、容姿端麗、長身、金持ちの風格を感じさせる。子爵の息子でありながら継ぐことはせず、名前からしてふざけた探偵事務所を開き、言動は滅茶苦茶で支離滅裂。まとまったものもぶち壊して荒らしまくる。しかも喧嘩が強いんで、文字通りその場を荒らす。後始末なんて下僕のすることと我関せず。人の名前は覚えないし責任感なんて考えたこともない。既存の価値観を破壊しなければ気がすまない、それに巻き込まれる関口は、自分が巻き込むのではなく「自ら巻き込まれてくる下僕」であるとのたまう破天荒男。散々なことを書いてますが、実は一番大好きなキャラクター。榎さんラブ~!!!その場をぶち壊すようでいて、実は関口達、下僕どもが八方ふさがりになっている時に一石を投じるのが彼の役目だったりします。(ちなみに京極堂や木場修は「下僕」ではないらしい。)そんな榎木津を誰がやるのか!?キャスティングが決まって「納得」。他に出来る人はいないだろうなぁ。トリックの上田キャラや「空中ブランコ」の精神科医師のように、ぶっ飛んだキャラをやってやり過ぎないのが阿部さんの持ち味。でも。これじゃ足りないよ~!!!!!まだまだイケるはず!!!そっか! 2時間の短縮のツケは榎さんの言動を縮小することだったか!榎木津ファンにはちょっと消化不良。次回作に期待しますよ~!!!-------------------------------■総評■-------------------------------あれだけの本を2時間で表現しようとすると、できるだけ削らなければならないわけで。それ故にこの映画の評価を下げることはあえてしたくありません。京極堂のうんちくも、あれだけの台詞にまとめるって大変だったんだろうなー。京極堂が説法する→関口が混乱する →フォローするわけではなくガンガン話を進める →関口、さらに混乱して妄想まで見だす →仕方ないから京極堂が少し噛み砕いて説明を始めるという流れの中で読者は少しずつ理解していくのであって、その過程が省略されると、 それはそれで物足りない気が。(あぁ。中毒ですなぁ。)それはちょっとマイナスしたとしても、「Good Try!」と褒め称えたいと思います。冒頭でも書いたけど、興味があったけど途中で挫折した人には入門編としてオススメ。そしてぜひ、続編を。