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Uooの三日坊主Diary

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2007.02.05
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カテゴリ:家族
おばあちゃんが亡くなった木曜は、大掃除やら買い物やらで
Uooもテンテコマイでした。
あくる日の金曜、自分が何をしていたかを思い出そうとするのですが、
さっぱり思い出せません・・

村の奥さんたち4~5人が、午前中から実家の台所に詰めて
家族やお手伝いの人たちのために、昼食と夕食を料理してくれていました。

「何かすることない?」
って声をかけたら、
「今日は、家族はなんもせんでええの!」
といわれ・・・

弔問に来て下さる人たちのお相手をするためと、
おばあちゃんが寂しくないようにということで、
母と二人、おばあちゃんの傍らにいたことは覚えています。

村の男の人たちも、入れ替わりやってきて、
お通夜やお葬式の相談をしたり、
ある人たちは、お葬式の行列で使う灯篭を手作りしていました。
(↓お葬式ごとに村の人が作ります。ハタにはお経の言葉?全部手作り)
お葬式の灯篭

お昼頃には、祭壇やお花、フルーツなどもそろい、
すっかり準備が出来ました。

お通夜は、金曜7時半から行なわれました。
仮通夜では、村の人たちのお経ですが、本通夜では、立派なお坊さんがいらっしゃいます。
お坊さんがお経をあげてくださっている間、
故人の横たわる部屋では、ある儀式がおこなわれます。

故人の、男の孫にあたる人たちが、生前故人が来ていた浴衣をきて、
故人の体をきれいに拭いてあげ、白装束に着せ替えさせ、
頭には三角の布?をつけ、お棺に入れてあげるのです。

4年前の祖父の時、こんな風習があることを始めて知り、
それはそれは驚きましたびっくりびっくりびっくり
今回も当然、祖父のときのように、弟をはじめ男の孫たち・・(Uooの従兄弟二人)が
そのお役目を仰せつかっていました。

ところが、4年前は、おばあちゃんが元気だったので、
彼女の采配により、それが行なわれたのですが、
今回は、葬儀屋さんの指示に従って、エラク簡略化されました。
故人の体の上に白装束を載せ、お棺に入れる、ただそれだけのことだったそうです。

そして土曜日。
朝から村の男の人たちは、お墓につめて作業です。

そう、Uooの実家は、なんと未だに土葬なのです!
お葬式があるたび、男の人たちは仕事を休んでまで、お墓の穴掘りを
やってくださいます。今回はたまたま土曜でしたが・・・

(↓深さ2Mほどの穴。全て人の手で掘ります。)
お墓の穴

告別式は、土曜12時半から執り行われました。
すごい派手な袈裟?を着た、お通夜のときのお坊さんが、
二人のお坊さんを従えて、3人でいらっしゃって、お経がはじまりました。

おばあちゃんが所属していたという、「仏教婦人会」?の代表の方による弔辞や、
弔電披露、そして焼香。
Uooとダンナさんは、クリスチャンなので、焼香をあげることは控えさせていただきました。
順番に名前を呼ばれるので、祭壇の前には行きましたが、
その場所で、心の中でお祈りをさせていただきました。

それらが終ると、隣の部屋からお棺を運び出してきて、蓋を開け、
おばあちゃんに最後のお別れです。
きれいに、色とりどりのお花で飾ってあげました。

そして、蓋を閉め、四隅を参列者が、釘で2回ずつ利き手でない方の手で打ちます。
その時、本当にこれでお別れと思って、涙が溢れました。

お棺は、親族の男性たちによって、外に運びだされ、
リヤカーに乗せられます。
そのリヤカーを、男の孫たちがお墓までひいていきます。

家からお墓までは、徒歩5分ほど。
その道のりを、参列者が行列を作って歩いていくのです。
お葬式の行列1
お葬式の行列2

お墓で、またお経が唱えられ、参列者がそれぞれ焼香。
そして、いよいよ、土の中にお棺が入れられました。
土深く沈められたお棺の上に、親族がその辺にある石を投げ入れ、
あとは村の男の人たちが、土を埋めていってくれました。

そのまま、参列者は家にもどり、親族だけは残って、初七日法要。
初七日が終ると、1時間ほど親戚のみんなでまったりした後に、4時くらいから
夕食にあたる「おとき」といわれる食事をしに、村の公民館へ。

「おとき」は、村の女性たちが集まって支度をしてくれる食事です。
昼も出るのですが、Uooはダンナさんとダンナさんの両親を駅まで迎えに行ったため、
お昼のおときは食べられませんでした。

村の皆の心づくしである「おとき」をいただいて、家にかえって、
さあ、これで終りか・・と思っていたら、
最後に、村の人たちがまた家に集まってきて、最後にお経をあげてくださり、
淋し見舞いのお菓子やフルーツを村の人たちに分配して、終了。

仕事を休んでまで、お葬式のために一生懸命働く村の人たちは、
最後にもらうこの「お菓子とフルーツ」だけがお礼なのです。
すごいな~と思いました。でも、これが村の「お互い様」の精神ですね。

おばあちゃんには、出来たらもう少し元気でいてくれたら良かったな~と
今でもそう思っていますが、
息をひきとる時は、息子達(父と叔父)に見守られ、
亡くなった後も、こうやって村の人たちに暖かく送りだしてもらえて、
本当に幸せな最後だったなあとしみじみ感じたのでした。

あと20年もすれば、Uooの両親世代が、おばあちゃんの後を追う時代になります。
そのころには、きっと、こんな昔ながらの風習は消えていることでしょう。
村の人たちの結びつきも、形を変えていくのでしょうね。
少し、淋しい気がします。











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Last updated  2007.02.05 14:06:47
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