自分のこと好きですか?176
「疑うということ」本当は余り他人に対して頻繁にしてはいけないとは思います。だからと言って他人を全面的に何の疑いもなく信じろ、等と無謀なことは言いません。もし他人に対してあれもこれも信じられない、という不信の塊なのはいただけませんが、『なんかちょっと、よく分からないけどおかしいような気がする』という場合は“気のせい”などと流さないでください。多分その疑いは“気のせい”で無いと思います。無意識に何かを貴方がキャッチして、『気をつけろ!!』とサインを送っている場合があるのです。そのサインを見落とすとあとで大変な目に合いますので頭で判断せずに心で判断してください。また自分自身が揺らいでいるときも疑いが出てきます。自分自身が何か不安に思っている、何か心配がある、基盤が崩れかかっているときも「疑う」という形であらわれてくることがあります。とにかく全てに対して疑心暗鬼になった場合、逆にジャッジすることを止めてください。まず貴方の疑っていることを全部確認しましょう。これは一々相手や物事に対して確認して周る、ということではありません。貴方の中の「何が」疑心暗鬼にさせているのかを判断してください、ということです。貴方自身が何を疑っているかを全部認識してください。それから冷静な状況判断と自分の心(ハート)の状況を見てください。冷静に判断して状況的に何の瑕疵もないと判断し、また心もすんなりと納得するのであれば、貴方はただ貴方のエゴによって疑心暗鬼にされているだけなのです。また逆に何の瑕疵も無いのに心が「なんか変」「どうも納得したがらない」ときはその疑いは持ったまま、注意して行動してください。この場合はジャッジは保留にしておいたほうが無難です。どちらにしても後で「ああやっぱりね」と思うか「気のせいだった」かのどちらかの結果が出ます。それまで慎重に行動すれば自分に対しての被害が少なくてすみますから。状況がやっぱりどうしてもおかしい場合はそのまま疑ったままで居てください。「疑うということ」は自分を守る為の一種の防衛反応です。ただそれは自分のエゴが勝手に作り上げる場合もありませすので、冷静に、特に自分の心がどう感じているのかを気をつけて判断してください。ただそのそぶりは見せない方が無難な場合が多いのは確かです。この防衛反応を十分に使いこなせれば、貴方は貴方を大きな災いから救ってくれる大切な力です。不用意に自分でジャッジしないでください。次回は「エゴと本当の気持ち」です。