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カテゴリ:日常をめぐる冒険
―――さて、今日はひとつ、『時間』というものについて考えてみたいと思うんです。
祝祭男】 むむむ。何ですかそれは? ―――まあ、抽象的なことではなくって、毎日の生活の中で過ぎていく『時間』、それから、何かをするときに掛かる、一括りの『時間』というものです。例えば移動時間、とかトイレに入っている時間とか。 祝祭男】 ああ、なるほどね。それが何か? ―――あれ?今日はあんまり話に乗ってきませんね。変ですね。 祝祭男】 そんなことないですよ。 どんな展開になるのかちょっと様子を見ているだけです。 ―――どうしてこんな話を持ち出したかというと、 なんだかこの頃時間を無駄にしているような気がするからなんです 祝祭男】 ああ、それならよく判ります(笑) 私は常に、寝過ぎるし、飲み過ぎるし、吸い過ぎるし、そして喋り過ぎる、 そんな風にして余分な時間を使い果たしては色んな所用の時間に浸食しちゃっています。 ―――それを無駄だとは思いませんか? 祝祭男】 無駄かも知れないですよね(笑) もの凄い優秀な時間管理のプロフェッショナルが見たら、 一瞬にして怒髪天を衝くぐらいの『ぐうたら』である。 そう思っています。いや、そこまでいかないか(笑) ―――そんなふうにアッケラカンと考えられればいいんですけれどね。 私としては、何かをしていると、いつも「他のことが気に掛かる」わけなんです。 祝祭男】 ああ、なるほどね。それもよく判りますよ。 そういう話になると、大体『優先順位をつけろ』ってことになると思うんですけれど、それで上手くいくんなら、それでいいと思いますよね。 ―――何もかも他人の方が「うまくやっている」気がしちゃうんですね。 祝祭男】 実際そうなのかも知れないし、また違うかも知れないし、 よく判らないですね、そのへんは。 「うまくやれているかどうか」は自分で決めろってことになると思うんですよね。 色々技術のいる仕事ならともかく、自分の日常に関してのことならそういうことになりますよね。何から何までプロフェッショナルにお伺いを立ててもしょうがないし、いずれにしても人と較べるとそういう考えに陥りやすいでしょうね。 ―――ああ、そこなんですね、きっと。 『時間』というものの価値観を自分に取り戻したい、ということなんです。 他の人がどうだ、とかじゃなくて、自分の『時間』でやりたい。 祝祭男】 まあ『時間』が自分のものかどうかって言うとまた、 よくわからないですよね。 ともかく今、この『時間』何をするかに関しては好きに決められますけれど。 どうしてもやらなくちゃいけないことに最低限の時間を割いて、 あとは自分のやりたいことだけ詰め込んじゃうしかないかも知れないですよね。 それでも、もっと他のこと、って気がしてきたらそれもやる。 でも、実際もっと他のことっていうふうに焦るような何かは、 結局やる気が起きないと思いますけどね。 ―――そういう、あれもやらなきゃって焦らせる何かは、 結局出来ずに沈殿するんでしょうか? 祝祭男】 さあ。私には有効な回答がないなあ。 焦っているのも、それはまたいいんじゃないんでしょうか。 いずれにしてもそういう気分はなくならないかも知れないんで。 全部すっきりうまくいくのが理想だと思うんですけれど、 まあまあ、ダラダラするのが楽しいときもありますからね。 偉そうなことは言えないけれど、 一日一日ちょっとずつ時間を使うことに関しては上手くなっているはずなんです。年取る方が、自分を大切にしようって気持ちになりますからね。 ―――まあ、色々考えずに、やりたいことやります。 何か釈然としないけど。 祝祭男】 そうですね。 そのうちポンッと何かいいやり方が身に付くかも知れないし、 その時になったらまた話しましょう。 ―――ええ、じゃあまあ今日はこのへんで。 それではまた! 聞き手 祝祭男の恋人 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Mar 22, 2005 02:11:14 AM
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