詩人たちの島

水島先生

Auld lang syne . . . . Avery Fisher Hallの観客席から湧き上がる合唱で私の２００５年は幕を閉じました。 Lincoln Centerの外に出ると、空気は冷たく、夜は思いのほか暗く、さまざまな楽器を模ったライトに飾られた中庭の木々は、月明かりに光る氷に覆われたようで、現世とはかけ離れたものを感じました。Auld lang syne, times gone by, すっかり小さく、細くなった母と過したこの一ヶ月、過ぎ去った時間、逝ってしまった人を想う事も度々でした。

母の一ヶ月の滞在は静かな幸福としか言えません。暖かい日には、Central Parkをゆっくり散歩し、幾つもの美術館で好きなVan Goghの絵を楽しみました。寒い日には、母と二人で料理をしたり、母に絵を描いてもらったりしました。 Rockefeller Centerのクリスマスツリーも見に行きました。 New Amsterdam Theatreの「the Lion King」には感嘆しました。 父が十五年程前までよく泊まったCentral Parkを臨む五番街のホテルで、父を懐かしく思い出しながら食事もしました。父と母と三人で食事をした暖炉の前のテーブルも昔のままでした。近所のレストランにも何度も足を運びました。予約無しでふらりと出向くのに、母と一緒ですと、暖炉の前のいいテーブルをもらうことができます。 ウェイターが母にはとても優しいのはおかしくも嬉しくもありました。そして、New Year EveにはNew York PhilharmonicのNew Year Eve Galaに行きました。タキシード、イヴニングガウン、毛皮を装った華やかな観客たち。 コンサートマスターの合図にオーボエがAの音、それに合わせる管楽器。また、オーボエのAの音、それに合わせる弦楽器。その期待と緊張の瞬間から、アンコールの二曲、そして、最後のAuld Lang Syneまで我を忘れて過しました。

十二月に入っていっそう荘厳なものになった教会のミサも母は楽しみました。殊にクリスマスイヴの真夜中のミサは嬉しかったようです。真夜中のミサといっても、夜の十時には教会の外に列ができます。十時四十五分に大きな真鍮の扉が開くと、人々は教会の中へと急ぎます。そして、ミサが始まるまでの一時間ほど、教会の三人のオルガニスト、オーケストラ、そして聖歌隊が古いキャロルやラテン語の讃美歌を次々に披露してくれます。沢山のポインセチアに飾られた正面の祭壇, キリスト受難を表すモザイクの壁、外の暗闇を映して沈むステンドグラスの窓、幾つもの美しい弧を描く天井。真夜中のミサが始まります。ちらちらと揺れる蝋燭と小さなacolyteが振る香の匂いと天井に立ち上って行く香の煙の中に、昔からのしきたりに習い、参拝者が、立ち、座り、跪き、ギリシャ語、ラテン語、英語の祈りを唱え、歌を唄います。退場の行列聖歌は「Joy to the World（もろびとこぞりて）」でした。パイプオルガンとオーケストラの雷のように力強い一節、それに答える参拝者の歌声が大きな礼拝堂を満たし、さらにその歌声を祝うように、高いorgan loftに並ぶ聖歌隊が、高く、低く、追いかけ、追い抜くようにハーモニーを加える。その結果は息を呑む美しさでした。

母は来週の月曜日に日本に帰ります。淋しくなりますが、母の帰国と同時に、仕事が忙しくなるはすです。

先生へのお手紙、これが五通目でしょうか。相変わらず、英語で生まれてくる思いや、感覚を、もどかしくも日本語に置き換えている有様です。仕事も楽しくやっています。ただ、弁護士としての一番の勤めは、顧客の秘密を守ることなので、なかなか仕事の事をお知らせ出来ずにいます。

ましほ