カテゴリ:essay
今日の亀田対ベネズエラの選手の試合は実に後味の悪いものだった。両選手が一生懸命頑張っていたということは認めるが、結果はだれが見ても亀田の負けだろうと思う。正当なジャッジが出ていれば、世界はそんなに簡単じゃないよということを彼は骨身にしみてわかったはずだ。パナマの審判だけがベネズエラの選手の勝ちだったので、2対1の結果で亀田がチャンピオンになったわけだが、この一家の試練はここで回避されたので、これから彼は相当な覚悟でやっていかなければ、早々につぶれてしまうのではないか。興行元のテレビ会社の宣伝、その他、有象無象の利益追求のみをこととする連中により、スポイルされてしまうのではないかと思った。まあ、どうでもいいことだが。 昨日は、府中市美術館に行き、カミーユ・クローデルの展覧会を観てきた。彼女はロダンの大きな「権威」から結局は自立できず、精神を病んでしまう。病院から友人に出した手紙は、ちょっとドレスデンのシュレーバーの症例と同じような妄想に侵されているのがはっきりとわかるものだった。世紀転換期のあらゆる抑圧を受けてしまったというような思いがする。女性の彫刻家として自立することの困難さとロダンという圧倒的な師匠の影響を逃れ得ないことからくるコンプレックスが彼女を錯乱させ、結局は病院でだれにも見取られることなく死ぬという運命を生きさせたのだ。弟のポール・クローデルさえもが見離してしまう。女性の頭部のブロンズ像があり「凝視」というタイトルが付けられていた。観る者をじっと「凝視」する、その集中と異様さに打たれた。 歩行4日目。川の景色はいつ見てもいい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
August 2, 2006 10:23:12 PM
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