カテゴリ:essay
今、自分がどうしようもない場所に追い込まれているということを、時々自覚するのだが、その打開策は何もない。ただ、この時の流れ去るのを待つだけだ。すべてが崩れてゆくような場所、そこで何か立ち上がる術を見つけようとするのだが、なかなかうまくいかない。人間が相手の職業というものの、どうしようもなさと難しさを改めて実感させられている。 ぼくはもともと芭蕉などを勉強してはこなかったのだが、最近読むといえば芭蕉の俳文などしか読まない。ここにあるのは、明確な形である。背すじが伸びるような、あるいはきれいな正座のような姿勢である。もちろんユーモアがある、しかしそのユーモアはキャノン(正典)に敬意をはらうことにはじまる、そしてキャノンを「きれいに」崩すことから生まれるのである。 次の文にはユーモアはあまり感じられないが、その分「厳しさ」が明確な姿勢をとり、今のぼくのダルさを打ちつつ、励ましてくれるような気がする。
-- 月をわび、身をわび、拙きをわびて、わぶとこたへむとすれど、問ふ人もなし。なをわびわびて、 侘びてすめ月侘斎が奈良茶歌 芭蕉 -- 恰好よすぎる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
October 14, 2006 10:53:17 PM
コメント(0) | コメントを書く
[essay] カテゴリの最新記事
|
|