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詩人たちの島

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December 12, 2006
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カテゴリ:essay
 日曜日に画家の友人宅の引越し祝いを兼ねて、そこで飲んだ。奥さんは八王子のワイン居酒屋のママでもありピアニストでもある。料理と会話がまずいわけはない。午後3時近くから初めて9時前まで、知覚がなくなったからたぶんそれぐらいだろうとおぼろげに記憶しているが、飲みに飲み、食べに食べ、話しに話した。

 今年の漢字、例の清水寺の貫首?というのか住職が、公募した一字を墨で書くというイベントがあったが、その文字は「命」だという。今年なくなった白川静の「字通」によると、令と口の会意文字で「神に祈って、その啓示として与えられるものを命という」とある。ついで「天の命ずるものであるから、人為の及ばないところをすべて命といい、君子は命を知るべきものとされた」とある。

 人為のように思うから、簡単に?他者を殺したり、自死したりできるのだろうか?私は「命」を啓示されたものなどとは思ったことがなかったが、隠されたものが「命」として宿っているのだ、あるいは明らかにされているのだと考えると、「宗教」に行く、行かないは別として、「命」という考え、概念はなかなか捨てたものではない。天命とか、まさに知命などと熟するとなぜか厭だが、「命」という一字だけでは、それが裸であるという感じをあたえるがゆえに(―東洋思想―なるものからの離脱感?)切ない愛着のようなものが湧いてくる。

  いのちなき砂のかなしさよ
  さらさらと
  握れば指のあひだより落つ

  解剖(ふわけ)せし
  蚯蚓のいのちもかなしかり
  かの校庭の木柵の下

啄木にとって命とは「かなしさ」のきわみだったようだ。悲哀であるとともに愛おしさでもあるような。こういう眼で眺めてみると、「命」はいつも泣いているように思える。

 日曜日の楽しい晩餐は、裸の「命」相互のふれあいのようなものであり、だからその楽しさも終わってしまい、日常の厚い霧の中に戻ると、妙に悲しみに似たもののように想起される。






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Last updated  December 12, 2006 10:18:03 PM
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