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詩人たちの島

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February 19, 2007
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カテゴリ:essay
吉田健一らしい訳というわけではないが、今日の電車読書のなかで印象に残ったところがある。『ブライヅヘッドふたたび』から。第四章の冒頭、ライダーは友人のセバスチャンのブライヅヘッドの邸宅で一夏を過ごすことになる。

 若い時に無為というのは何と類がない絶妙なものだろうか。又、何と瞬く間に失われて、二度と戻って来ないものだろうか。若い時の特色であることになっている、情熱とか、献身的な愛とか、幻影とか、絶望とかは、―この無為だけを除いては、―凡て我々の一生のうちに消えたり、又現れたりして、人生そのものの一部をなすものなのであるが、この無為だけは、―まだ疲れていない筋肉の弛緩や、精神が他のものから切り離されて自分自身を眺めているのは、―若いということに専属し、それとともに死ぬ。或は地獄との境目の所に閉じ込められた古代の英雄達の魂は、神を見ることを許されない代わりに何かこの若い時の無為のようなものをその埋め合わせに与えられていて、神を見るということ自体がこの地上での経験と僅かながら何か関係があることなのかも知れない。兎に角、その夏ブライヅヘッドで過ごした無為の日々は、私には天国に近いものに思われた。

 原文は、
The languor of Youth―how unique and quintessential it is ! How quickly, how irrecoverably, lost! The zest, the generous affections, the illusions, the despair, all the traditional attributes of Youth― all save this―come and go with us through life.
These things are a part of life itself; but languor―the relaxation of yet unwearied sinews, the mind sequestered and self-regarding― that belongs to Youth alone and dies with it.
Perhaps in the mansions of Limbo the heroes enjoy some such compensation for their loss of the Beatific Vision; perhaps the Beatific Vision itself has some remote kinship with this lowly experience: I, at any rate, believed myself very near heaven, during those languid days at Brideshead.

こうした「無為の悦び」を倉田良成はその詩に鮮やかに定着している。「二十歳にはまだ間があるころ」のこと。友人との伊豆ヒッチハイク旅行。

 …夜には空に懸かって小砂利をぶちまけたみたいな強い光の銀漢を初めて見た。澄み切った磯場の潮溜まりにいた紫紺の渡り蟹にしたたか小指を挟まれた。突堤の夕陽は繰り返しやって来た。何日そこにいたかわからないが、毎日が晴天だった。海の前に立ち尽くして、なんでこんなに禍々しいほど美しい沈黙がつづくのだろうかと思う。明日は岬の南、深い輝きの石廊崎を回っておもちゃ箱のように賑やかな都会に帰るのだが、実は今でもあの浜で、あの夏を過ごしている私たちがいるのだ。‥ 「海」より・詩集「東京ボエーム抄」所載

イーヴリン・ウォーは「地獄との境目の所に閉じ込められた古代の英雄達の魂は、神を見ることを許されない代わりに何かこの若い時の無為のようなものをその埋め合わせに与えられていて」と書いているが、そういう意味ではだれもが、「古代の英雄」たちと同じような「つぐないとしての無為」というものをかつて若いときに与えられたとも言える。なんの償い、私にはそれが、人生において続くであろう、終わりのないlowly experience、文字とおりには「つまらない経験」、換言すれば散文的な経験のそれとして与えられていた(そのときには分からなかったが)のだと思えて仕方がない。この「低い経験」と「Beatific Vision」吉田健一の訳では「神を見ること」がリモートな近似関係kinshipを持つとはどういうことか?「宗教」というものが、「若いときの無為」にかわってせりあがるということか?

lowly experienceからBeatific Visionへという道筋を、この小説も描いてゆくのであるが、そういう意味ではカトリック小説でもあるのだが、それにしても、若いときの無為の悦び自体が、このように若さそれ自体の特権として痛切に描かれているのを読むとき、地上を縫って走る電車のなかで、眠りこけそうになっていた私の目を覚ますのである。私も倉田のように、あの放埓な私が、倉田とはちがう浜辺だが、いつまでもいつまでも海に沈む夕日をながめていた「無為」のときの「海」を想起したくなる。そこにたしかに今でも私がいるのだ。

ここまで書いてポール・ニザンの小説「アデン・アラビア」を思い浮かべた。

― ぼくは二十歳だった。それが人の一生でいちばん美しい年齢などとだれにも言わせまい。一歩足を踏み外せば、いっさいが若者をだめにしてしまうのだ。恋愛も思想も家族を失うことも、地位ある人々の仲間に入ることも。世の中でおのれがどんな役割を果たしているのか知るのは辛いことだ。―

若さの違う側面がここにはあるが、逆説的な意味で、あるいはアンチ・ヒーロー的な意味で「若いときの無為」をニザンも描こうとしたのではないだろうか。






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Last updated  February 19, 2007 10:25:30 PM
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