450769 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

詩人たちの島

詩人たちの島

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
July 10, 2007
XML
カテゴリ:essay
ヴァルター・ベンヤミンは「ブレヒト詩への注釈」(1938年)のなかで、ブレヒトの「老子の亡命途上での『道徳経』の成立についての伝説」という長いタイトルの詩も取り上げている。この詩について加えられたベンヤミンの「注釈」はすばらしく感動的なものであるので、全文を引用したいほどである。ブレヒトのその詩を引用する。これらのすべての日本語訳は「ベンヤミン・コレクション4」(ちくま学芸文庫)のもの。



七十歳になり体にも衰えがきたとき、
師はやはり隠棲したい気持に迫られた。
というのも、国では善意がまたしても弱まり、
悪意がまたしても力を増していたからだ。
そこで師は靴の紐を締めることとなった。


そして師は必要なものを荷ごしらえした、
ごくわずかなものを。それでもあれこれとあった。
毎晩吹かす煙管とか、
いつも読んでいる小さな本とか。
白いパンは目分量で。


谷の眺めをいま一度楽しみ、そして道を
山中に分け入ったとき、谷のことは忘れた。
牡牛は、背に老師を運びながら、
新鮮な草を咀嚼しつつ楽しんだ。
というのも、老師には牛の歩みが充分に速かったから。


だが四日目、岩山のなかで
税関吏が師の道を妨げた。
「課税される貴重品は?」―「何も」。
そして牛を引く少年が言った、「この人は教えを説いて生活してきたんだ」。
この件もそれで説明がついた。


だが税関吏の男は屈託のない(ハイター)調子で
なおも尋ねた、「どういう教えを悟ったというのか?」
少年は言った、「動いているしなやかな水は
時が経つとともに
強大な岩にさえ打ち勝つ。
いいかい、堅固なものが負けるのだ」。


昼の最後の光を失うまいと
少年はいま牡牛を駆り立てた。
そして少年と牛と老師はすでに黒松のところを回って姿を消した、
そのとき突然、我らが税関吏のうちに興奮が兆し、
そして彼は叫んだ、「おーい、お前! 止まれ!


あの水というのはいったい何なのですか、老師よ?」
老師は牛を止まらせた、「そのことに関心があるのかな?」
男は言った、「私は一介の税関役人でしかありません、
しかし、誰が誰に勝つというのは、私にも興味があります。
知っているのなら、話してください!


どうか書き記してください!この少年に口述してください!
そういうことはやはり、持ち去るものではありません。
私の家には紙だって墨だってあるのですから、
それに晩飯だってあります、私はあそこに住んでいます。
ところで、それはひとつの言葉なのでしょうか?」


老師は肩越しに男を
見た。継ぎの当たった上着。裸足。
そして額に一本の皺。
ああ、勝者が老師に歩み寄ったのではなかったのだ。
そこで老師は呟いた、「お前も?」

10
礼を尽くした願いを断るには、
老師は見たところ年をとりすぎていた。
というのも、老師ははっきりした声で言った、「問いをもつ者は
答えを得るに値する」。少年は言った、「それにもう冷えてきています」。
「よし、ちょっと泊めてもらうことにしよう」。

11
そして老師は牡牛から降りた。
七日間、二人して書き続けた。
そして税関吏の男は食事を運んだ(そしてその間じゅうずっと
密輸業者たちのことを、ただ小声で罵った。)
そして事は成った。

12
そしてある朝、税関吏の男に少年が手渡した、
八十一章から成る箴言を。
そしてなにがしかの旅の施しに礼を述べ、
少年と牛と老師はあの松のところを回り、岩道に入って行った。
言ってくれ 君たち、この老師以上の礼の尽くし方がありうるだろうか?

13
しかし我々が称えるのは、書物のうえに
その名の輝く賢者だけではない!
というのも賢者の知恵は、まず賢者からもぎ取らねばならないのだから。
だから税関吏の男にも感謝しよう、
あの男が賢者からその知恵を願い取ってくれたのだ、と。



ベンヤミンが、この詩から読みとるのは「友情」(フロイントリヒカイト)という一語である。「友情について、私たちは、この詩のなかでさまざまなことを聞き知る」と彼は書く。そのさまざまなことを列挙していくのだが、例えば次のような指摘、


友情の本質は、小さな親切を片手間になすところに、ではなく、きわめて大きな親切を、それがごく些細なことであるかのようになすところにある、ということ。老子はまず、問いを発し答えを求める資格が税関吏の男にあるか、それを確かめたあとで、この男を喜ばせるために旅を中断して、それに続く世界史的な何日間かを提供するわけだが、その際のモットーはこうである―「よし、ちょっと泊めてもらうことにしよう」。



ベンヤミンはブレヒトのほかの詩集『家庭用説教集』のなかにあるバラード「この世界が示す友情について」にも触れる。


その友情の数は三つで、母がおむつを当ててくれるのと、父が手を差し出してくれるのと、人々が墓に土をかけてくれるのと、である。そして、それで充分なのだ。というのも、この詩の最後に、こうあるからだ―
「ほとんど誰もがこの世界を愛していたのだ、
両の手の土が彼にかけられるときには」
この世界が友情を示すのは、現存の最も過酷な場面においてである。つまり、誕生のとき、生のなかへ第一歩を踏み出すとき、そして生から歩み出る最後の一歩のとき。これが、人間性(フマニテート)の最低限のプログラムである。この最低限のプログラムが老子についての詩に再び出てきて、そこでは次の一文の形姿をまとっている―
「いいかい、堅固なものが負けるのだ」。
この一文が、いかなるメシア的な約束にもいささかも劣らない一つの約束として、人間たちの耳をうつ―そういう時代に、この詩は書かれている。



いたずらに引用ばかり多くて、ベンヤミンの言いたいことを上手く伝えてはいない気がするのだが、ベンヤミン自身がこれを書いた時代が1938年であれば、彼が希求する「友情」の質とその切実さをわかってもらえると思う、そして彼がブレヒトのこの詩から「友情」をテーマとして引き出したことも。

今日、村上春樹訳の「グレート・ギャツビー」を読み終えたのだが、ここにあるのは1920年代の喧騒に過ぎないと簡単には言えない。フラッパーな女性ディジーに身を捧げるイカサマ師ギャツビーの途方もない思いを、男と女ではあるが「友情」と呼んでもおかしくはないのではないか。一方的な友情にすぎないことは明白だし、友情の挫折にすぎないことも。しかし、少なくとも、この男はその虚飾の限りを尽くした生の奥底に一人の人間に対しての身を焼きつくすような思いを秘め、彼なりに誠実に生きたのだ。そういう意味で「人間性の最低限のプログラム」に唾を吐きかけるような資本主義のぎらぎらする毒を意図せずしてスコット・フィッツジェラルドは、この本に定着しているのではないだろうか。


ギャツビーは緑の灯火を信じていた。年を追うごとに我々の前からどんどん遠のいていく、陶酔に満ちた未来を。それはあのとき我々の手からすり抜けていった。でもまだ大丈夫。明日はもっと速く走ろう。両腕をもっと先まで差し出そう。…そうすればある晴れた朝に―
だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。(村上春樹訳)

Gatsby believed in the green light, the orgastic future that year by year recedes before us. It eluded us then, but that’s no matter-tomorrow we will run faster, stretch out our arms further…And one fine morning-
So we beat on, boats against the current, borne back ceaselessly into the past.









お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  July 10, 2007 10:57:56 PM
コメント(1) | コメントを書く
[essay] カテゴリの最新記事


PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

蕃9073

蕃9073

Favorite Blog

まだ登録されていません

Comments

船津 建@ Re:Die schlesischen Weber(シレジアの職工)(05/25) 引用されている本にはかなり重大な誤訳が…
名良橋@ Re:言挙げせぬ国(01/04) YouTubeで虎ノ門ニュースをご覧下さい 自…
http://buycialisky.com/@ Re:これでいこう(04/05) cialis vs viagra pros and conscialis so…
http://buycialisky.com/@ Re:鼓腹撃壌(12/25) cialis alcohol efectoscialis 5mg tablet…
http://buycialisky.com/@ Re:横浜遠足(04/30) what do cialis tablets docialis typeson…

Freepage List


© Rakuten Group, Inc.
X