カテゴリ:essay
部屋の片隅で極彩色の光りが点滅している、そのまばゆさに眼をそむけていると、竜のような恰好のものが次々と屋根を突き破って優雅きわまりない物腰で上昇していった。煉瓦は剥落し、巨木の柱が朽ちていた。廃墟の幻影がぼくを取り囲んでいるのだが、身を大きくくねらせ、天の高みから鋭くもあり、憐れんでもいるようにも見える眼差しを下界の片隅のぼくに投げかける竜には、幾たびもの荒廃と打ち棄てられた時間の堆積を全身でひそかに受けとめつつ、それらのすべてをくぐりぬけた、飛翔する者の大きく包み込むような軽やかさがあった。ああ、これが…、と思ったときに目覚めたのだった。
ベトナムのフエを昨日の午後6時に出て、ホーチミンのタンソンニヤット空港で成田行きに乗り継いだのが、深夜。今朝の8時前に成田に着いた。八王子に帰着して、仮眠を貪ったときに見た夢だった。2時半に、旅行の間、義父を一週間ステイさせていたケアセンターに引き取りに行く。ぼくらを見て、涙ぐんだが、元気だったので安心した。ここにも小さいけれど確かな竜の一族がいて、愚痴や泣きごとを言うこと少なく96歳の今日まで生きてきたのにちがいない。 最初の訪問地、ハノイのノイバイ空港に降りたったのは深夜だったので、広大な紅河(ホン河)の流れを眼にすることはできなかった。翌日は、この旅行のすべてをお膳立てしてくれた友人夫婦(彼らはぼくらよりも二日前にハノイに着いていた)に案内してもらって早朝の散歩に出かけた。こんなに朝早く、どこから湧いて出てきたのかと思うほどの人々がそれぞれの恰好で、なかにはパジャマやパンツ一丁という風で体操をしている、それがホハンキエム湖というハノイ市民の憩いの場所だった。 この湖を一周するかしないうちに、もうぼくは全身汗まみれになった。次第に数を増すオートバイの騒音、ひっきりなしに警笛を鳴らす自動車、それでも岸辺の人々は悠然と太極拳を続け、あるいは音量を最大限に上げたラジカセの音楽にあわせてエアロビのように体を激しく動かしているモダンなグループもいる。それを少し離れたところで真似しているオジサン、オバサンたち。なんというエネルギーだろう!(この項続く) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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