カテゴリ:essay
前回の紀行で次のように書いた、――分断を強制したのは当時の「帝国」間のくだらないイデオロギーの応酬・分配の結果であったが――、これは言い過ぎで不用意な発言であった。人はそれぞれが思う、あるいは思わせられる正しい「観念」イデーのために戦ったのだろうが、そのイデーも時代の変遷によってたえず変わるもので、その正しさも絶対ではないのだといったほうがいい。しかし、それを「くだらぬ」といったのでは、そこで生き死にした人の、吉本風に言えば「関係の絶対性」を見逃すことになるだろう。
さてフエ、この名前は1786年にヴェトナムを統一し、1789年に清軍を破った阮惠(グエン・フエ)から来ているのだろうか、そこでの最後の日(五時過ぎには飛行機でホーチミン経由の帰国が待っている)に、私ははじめてシュクロなる人力三輪車に乗った。ハノイでも女房と道を歩いていると、必ず声をかけられた。ガイドブックなどを読むと、ふっかけられ、ぼられるから、これには絶対に乗るな!と大書してある。「おはよう、安いよ、」と日本語で呼びかけて、ついてきたので、私たちはいつも逃げていた。6年前にホーチミン市を旅した友人によると、ハノイやフエはそんなにしつこくない、ホーチミンでは一時間近くもつけまわされて往生したという話だった。前日に友人夫婦はあまりに暑いので、シュクロを利用したが、とてもよかった、という話だった。友人の奥さんは体調を崩したので、ホテルで今日は静養している。友人はわれわれ夫婦のシュクロの初乗りに付き合ってくれたわけだ。 美術館前に早速われわれを発見して三台のシュクロが近づいてきた。友人が交渉してくれて、私たちは生まれてはじめて、この人力三輪車に乗ったのである。客車の背後に高いサドルがあり、そこに汗だくの運転者がいて、必死にこいでいく。私のシュクロの男がこのチームの親方のようであり、彼は疑い深いわれわれに組合の証明書のようなものを見せて、安心させ、車を出発させると、英語でさかんに私に話しかけてきた。彼らが言う値段を一万ドン値切り、一台6万ドンできっかり一時間の契約で出発した。 女房の車の運転手は若く精悍な男で、ひょうきんさも兼ね備えている。友人の乗ったのは無口で実直そうな男。私の車の男はお互いに自己紹介もしたのだが、その名前を忘れてしまった。彼の話、「父はベトミンで、フエの攻防戦(たぶん、テト攻勢のあとに、南とアメリカ軍が反攻したときのことだろう)で戦った」、私「お父さんは、生きているの?」、彼「今80過ぎで生きている」「私には子どもが5人いて、一人を除いてみんな女の子」、私「戦争のときには、あなたは何歳だったの」、彼「十歳ぐらい」、「あなたは何歳」、私「59歳」、彼「アメリカは敵だったけど、日本人は仲良し」、おたがいに片言の英語でいろんなことを喋りながら進むのだが、彼も他の2名の運転も実に安全でゆったりとしたものだった。決まったコースがあるらしく、旧市街の尼寺や市場や小高い丘のようなところ、そこには戦争時のトーチカが残っていた、そこを案内してくれた。ホーチミン関係の家も案内してくれたが、そこは閉まっていた。ユネスコの協力で建てた孤児院だという建物も教わったりした。あとヴェトナム料理によく出てくる香草などを先の丘でちぎって、私たちに匂わせてくれたりした。空芯菜?というのか、それもびっしりなっている池?のようなところなど。非常に優しくて、必死に私たちを満足させようとしていた。 私は、実際にヴェトナムの人と話をしたのは、ハノイやフエのホテルの従業員、お店の人たち、どちらかといえば、英語もフランス語も話せるような人たちで、ヴェトナムの庶民ともいうべき人と話したのは、シュクロの運転手だけであった。その感覚を普段ならもっと大切にできるはずなのだが、暑熱でへばっていた私には相手をいたわる余力がなかった。どういうことか?表面的なことで話が終わってしまったのが寂しいということです。 一時間が経過し、乗車地点よりすこし先まで乗せていってもらって、そこで金を払うことになった。一台6万ドンだから三台で18万ドン。細かいものがなくて、20万ドンしかなかった。今考えてみれば、恥ずかしいことに、私はお釣りを要求するつもりだったが、彼らはこれを三名で分けるから、ありがとうというようなことを言う。友人も私も、それでいい、ということで、このシュクロ初体験は幕を閉じたのである。 ところで、ヴェトナムの貨幣の数え方の響きには驚かされる、万、何十万、百万ドンという感じはなかなか日本の貧乏人にはつかめず、それゆえ失礼な応対になったりするのかもしれないと考える。石川文洋の「ベトナム 戦争と平和」(岩波書店・2005年)によると、次のようにまとめられている。
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Last updated
August 29, 2007 11:05:31 PM
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