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詩人たちの島

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January 3, 2008
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カテゴリ:書評
ある気配があって、もぞもぞと本を探していたら、カーヴァーの”FIRES”を手に取っていた。正月早々から、読みたくはないと思ったのだが、そのなかの”Distance”という短編に魅惑されて、読み終わったばかりだ。

父親であるぼくが、娘に、小さいときの私はどうだった? 知りたいのよ、話して、と訊ねられたとする、ぼくは彼女に何を話すだろうか。この短編は、そこから始まる。でも、娘の話ではない。泣き止まない赤ん坊であった娘を間にした、若すぎる父と母とのカーヴァー流の「気配」に満ちた台詞と語りの「やりとり」の物語である。それを語ることで、現在の娘と父とにある種の「融和」や「許し」のようなものがもたらされる物語である。

狩猟好きの少年(父であるのにboyと書かれている)は、友人との約束の早朝の時間に間に合うように早々と寝ているのに、娘が泣いて何度も起こされる。妻である少女(母であるのに、girlと書かれている)は少年を、なぜこんなときに狩猟に行くのかといって非難する。少年はついに毒づいて出て行ってしまう。車で友人を迎えにいくのだが、そこで気持が変わって、家に帰り、妻のためにベーコンを焼く。妻である少女も起きてきて、マフィンを作る。娘も別に調子が悪かったということではなく、今はおとなしく寝ている。妻が作ってくれた朝飯を食べようとすると、そのプレートが膝の上に突然落ちてしまう。二人とも笑う。夫である少年は、汚れた服を脱ぐ。こういうことがカーヴァー流の貧しいが喚起的な文体で描かれる。それだけを今の娘に父親は話す。この短編の最後の数行を訳したいのだが、たぶん村上春樹が訳しているだろうから止めることにする。

こういうことは、ぼく自身の若かりし時にもあったというような感想とともに、このような些細なことを、「気配」に満ちた語りに転換できるカーヴァーの文才にあらためて感銘した。

そして、これは「詩」である、というのが強く感じたことである。ありふれた日常を「危機」と「不安」の断崖に、たくまずして持っていく「機略」、こう書くと底が浅いように思われるかもしれないが、日常をenigmaに変化させるということで「詩」であるといいたいのである。なにしろ、「今」の娘、父親に質問する娘を”She is a cool, slim, attractive girl, a survivor from top to bottom.”と表現しているのである。a survivor from top to bottomとはどういう意味だろうか?また、彼女がこの質問を父である語り手にするのは、クリスマスの日である。こういうことを「機略」と呼びたいのだが、ぼくにはよくわからない。日常はしかし、こういうことに満ちている。

詩の課題として考えたいこと。(語りが無に触れるような語り。)





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Last updated  January 3, 2008 11:29:49 PM
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