カテゴリ:作物
―お父さん、一番速いのがグルダで7分、一番遅いのはグールドで15分もかかるのよ。
―何の話? ―ほら、見てよ。ここにCDが12枚あるでしょう。一番上はグルダ、一番下はグールド、そのなかは平均的に9分ぐらいの巨匠たち、ギーゼギング、リヒテル、ケンプ、バックハウス、アッシュケナージたち、ポリーニのものなど。バレンボイムもあるわ。 ―何の話? ―ベートーヴェンのピアノ・ソナタ、第23番へ単調『熱情』の第一楽章の演奏時間が12名の演奏家で違うということ。 ― へぇー? グールドはグルダに比して2倍ほど長いのか。彼の弾くモーツアルトもずいぶんゆっくりしていた。昔、授業で聞かせたことがあったよ。で? ― グールドは初見のできない生徒のように弾くっていう酷評もあるのよ。 ―きみはどれが好きなの? ―グールドでないということは確かだわ。 ―ぼくは聴き比べてみたことはないが、グールドが気分的に合うような… ―なにもわからないで、グールドの名前だけを覚えている詩人はみんなそうでしょう。 ―そうでした。 ―耳はどこ? 聴くことを忘れて、喋ってばかりいる口に食われたのね。 ―「熱情」は引き伸ばされるほどいいってことはないのかな? ―それをしっかりと聴く「耳」の力があればね、お父さん! ―延ばされて、一粒の音が世界になるまで、聴くことができたらね。グールドはそれを狙っているとぼくは思うけど。 ―なんとでもいいなさい、なんとでも言えるわ。 ―それにしてもポリーニの輝きはすごいね。ドラマテイックってこういうことだというような。 ―楽章とは何か?あなたは分かっているのかしら? ―拡大された生ではないの? ―それが馬鹿ということ。過ぎ去っていく時間という馬に、ロデオのように乗ることに決まっているじゃない。どこまでも振り落とされことなく、あなたはあなたのイメージを持ちこたえることができるかどうか。そういうことを、この12名の演奏家たちは教えてくれているとわたしは思う。そう、あなたの好きな比喩ではないのよ。楽章とはムーブメントそのものですよ。 ―今日は非常に勉強になりました、奥様。 ―満月よ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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