Million Dollar Babyという尊厳
Clint Eastwoodの”Million Dollar Baby”を橋本のmovixで観た。女性ボクサーと老トレーナーの深い親交の物語だが、心理的な思わせぶりの要素などが一切ない。必要最小限のエピソードと語りでもって、二人の人間の絆を描ききる力には感動せずにはいられない。ボクシングという闘いのモチーフはそのためには絶好のものになろう。清潔で強い映画である。終盤の扱い方や描き方には、いろんな意見があるようだが、やはりそれがこの映画の命であり、ここでいろいろ述べることは遠慮しなければならない。女性ボクサーを演じて、今年度のアカデミー主演女優賞をとったHilary Swankという女優は、こういう人がハリウッドにいたのかと思うほどの新鮮な印象を受けた。ところで Eastwood演ずるトレーナーはアイルランド出身という設定なのか、この女性マギーの晴れの舞台の戦いに、緑のガウンにゲール語で「モ・クシュラ」と刺繍したものを贈り着せる。彼はときどきゲール語で書かれたイエーツの詩集を読む人でもある。入院しているマギーを看護しながら、彼はイエーツの英語の詩を彼女に読んであげる。― I will arise and go now, and go to Innisfree, And a small cabin build there, of clay and wattles made: Nine bean-rows will I have there, a hive for the honey-bee, And live alone in the bee-loud glade. And I shall have some peace there, for peace comes dropping slow, Dropping from the veils of the morning to where the cricket sings; There midnight’s all a glimmer, and noon a purple glow, And evening full of the linnet’s wings. I will arise and go now, for always night and day I hear lake water lapping with low sounds by the shore; While I stand on the roadway, or on the pavements grey, I hear it in the deep heart’s core. The Lake Isle of Innisfree William Butler Yeats ―イニスフリーとはイエーツの故郷の湖のなかにある小さな島の名前。以下は岩波文庫「イギリス名詩選」(平井正穂編)の訳。― 今度こそ腰をあげて、私は帰りたい、あのイニスフリーへ、 そして、泥と小枝で造ったささやかな小屋を一軒建てたい。 森の一隅には九列の豆を植え、蜜蜂の巣箱を造り、 独り静かに暮らしたい、蜂の飛び交う音を聞きながら。 あそこでなら、心の安らぎもえられよう。安らぎがゆっくりと 夜明けの空から、蟋蟀の鳴くわが家に降り注ぐはずだから。 真夜中には月が皓々と輝き、真昼間には深紅の太陽が輝く、 そして、夕暮れには孔雀の羽ばたく音も聞こえてくる…。 そうだ、今度こそ帰ろう―あの湖の岸辺にひたひたと 打ちよせる波の音が、夜も昼も私の耳から離れないからだ。 この都会の街路や灰色の舗道にふと佇むときも、 あの波の音が絶えず私の心の奥底に響いてくるからだ。―相当な意訳だが、それはいいとして、この詩のように二人は安らぎの島に帰ったのだろうか?帰ることができたのか?この映画はそれを言わない。あるいはまだ彼らは自らの生の誇りと尊厳のための闘いの途上にいるということかもしれない。